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心が開いているとき

村上春樹の『ノルウェイの森』を、「ただのエロ小説じゃねえか」という人。

映画『タイタニック』を、「船が折れて、沈没する話だよ」と説明する人。

絵本『バスに乗って』を「バスが通り過ぎちゃうだけじゃない」という人。

こういう人たちが確かにいる。
いるのはわかっていても、
実際に出会うとびっくりしすぎて声が出ない。

それが悪いとかはちっとも思わないけれど
ただただ、びっくりするのだ。

同じものを見ているはずなのに、
一体この感じ方の違いは何なのか、と。

でも人に限らず、自分自身でも、何もかも美しく見えるときと、そうでないときがある。
音楽を聴いていても、どんな曲でも楽しく聞けるときと、そうでないときがある。

これって簡単に言うと、心に余裕があるときとないときなのかなぁ。
そういうわけでもないような気がする。

ただ、美しく見えたり楽しく聞こえたりするとき、
総じて心は穏やかで幸せがあふれているときなのだ。
でも、その答えでは、いまひとつピンと来ない。

いまだに自分自身で答えが出ないから
自分なりの答えを持つ人に聞いてみたい。

そういう経験ありませんか?
なぜ、そうなるのだと思いますか?

心が外に向かって開いているとき、
世界が語りかけてくるのを受け止められるとき、
それはどういう時なんでしょうか。

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コメント (2)

nabe:

いつも興味を持って拝見してます。

> 心が外に向かって開いているとき、
> 世界が語りかけてくるのを受け止められるとき、
> それはどういう時なんでしょうか。

僕なりの感じ方ですが、
「答えを探していないとき」
じゃないのかなあ。
と思ったりしています。

kobayashi:

>nabeさん

なるほど。
「答え」を探しているときほど苦しいときはないかもしれないです。

本当はそんなものないかもしれないのに。ただ、自分を納得させるだけの後付けかもしれないのに。

外に向けたはずの意識は、実はひどく自分へ向いていて、それ故に世界の美しさを受容できる感性が鈍くなってしまうのかもしれないですね。

ハッとする言葉を、ありがとうございます。

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2008年04月14日 00:35に投稿されたエントリーのページです。

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