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人間は犬に食われるほど自由だ

『生きる意味を教えてください -命をめぐる対話』(田口ランディ)

藤原新也

大げさかもしれないけど、戦後の民主主義は人間尊重というか、人間がヒエラルキーのいちばん上というのはキリスト教の考え方なんだけど、それと民主主義が合体して、人間と言う存在を必要以上に高めたと思うんだよ。

(略)

そういった西洋から入ってきたものに、僕らは十分に感化されている。ということは、非常に重い自分を抱えてしまっている。それでインドに行ったら、急に人間が虫けらみたいに見えちゃうところがあって、最初はショックなんだけど、だんだん自分もそのへんでうごめいている虫と同じようなもんだ、みたいなことを思い始めると、荷が下りる。

犬が人間を食っているというのは、ある意味では陵辱的なシーンなんだけど、逆に言えば、犬から食われるほど自分は自由になれたと。

よりよく生きようと言う前向きな感じじゃなくて、重荷を降ろしてみてるんだな。生きてることの重荷を。

命が一番大切、という私の信念を根底から覆すようなことなのに
心の奥の奥で、まさにその通りだと頷く私もいて、
この矛盾は一体何なのか、まだわからないでいます。

でも福岡先生の『生物と無生物のあいだ』くらいに、
スウーっと肩の力が抜けました。

生きてるって、
ご飯を食べて寝て、息をしてっていう身体的な営み以外に
とても考えて意識して肩が凝ることなんだなぁ。

宇宙から見たら、大自然から見たら、
樹齢何百年の大木から見たら
私なんて人間は全く、虫けらと何一つ変わらないはずなのに。


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コメント (2)

koji:

藤原新也・・・懐かしい。

いろいろ考えるとなんだか頭でっかちになってしまうけど、
人間はただの「動物」の一種に過ぎない。
それで全部解決できたりする。

私は何の為に生まれてきたの?なんて考え自体が傲慢だったりする。

生きているのに意味なんてないし。意味なんてすごくある。

kobayashi:

>生きているのに意味なんてないし。意味なんてすごくある。

なぜかジーンと心に響きました。
そういう矛盾こそ人、という感じで、不思議ととても穏やかな気持ちになりました。

ありがとうございます。

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2008年04月06日 23:56に投稿されたエントリーのページです。

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