観にいってきました。
中学高校と習ってきた歴史の授業からは、どうも、
「かわいそうなユダヤ人」という印象がぬぐえなかった
中東あたりの問題。
問題が複雑なのに何ひとつ調べもせずに
ぼんやりとした知識だけをもって、
映画を観にいきました。
映画が始まるとすぐに私は、
誰が被害者で、誰が加害者なのかを見極めようとしていました。
けれども、色々な人にインタビューを進めて行くこの映画では、
どの人種も加害者であり、被害者として映っていたのです。
私が歴史で習っていた迫害を受け続けた「かわいそうなユダヤ人」たちは、
なんとも惨い方法によってパレスチナ人を虐殺していました。
生き残ったパレスチナ女性は涙を流しながら、
男性は憤りをこらえながら、
当時の様子を胸を痛めて語ってくれました。
私の娘は、妊娠していました。
おなかが切り裂かれていました。
私の息子は、首を切られていました。
近所の人も殺されていました。
金曜から、2日間ずっと、街中で殺戮が続いていました。
男性は呼び出され、壁の前にならばされて
家族の前で次々に頭を打ちぬかれるのです。
大きな穴に、死体を入れていく作業をさせられました。
まだ、動いている人も入れました。
途中で死体の数を数えるのをやめました。
(私の基礎知識不足によって、上記の証言が誰のものか、
もしかすると正確ではないかもしれません。)
先祖が代々守ってきた、平和に暮らしていた土地が
突如破壊されるとは、どういうことか。
大切な人が殺されていくとは、何事か。
大切なものを奪われた人の話を聞きながら、
映像だからこそ伝わる語り手の感情をもろに受けて絶望して涙して、
もうなんだか頭の中がぐるぐるとして意識が遠のきそうになるのを堪えているところに、
この問題に取り組むグループの講演が映りました。
「私たちはユダヤ人を擁護しているのでも、
アラブ人を擁護しているのでもない。
迫害を受ける被害者を支援しているのだ。」
との言葉(これまた正確ではありません)に
ハッとしました。
すべては、自民族のエゴから始まっている、と。
とはいえ、島国で悠々と暮らしてきた日本人が、
「それは、エゴがいけないんだよ」といったところで
主張として弱い感じがしますね。
だって、排他的な愛国心を剥き出しにしなければならないほどの
差し迫った状況に、すくなくとも私が生きているうちはなかったのだから、
その人たちの気持ちをちゃんと理解できていないのだから。
それに宗教とも絡むからコトが複雑すぎる。(あまりに安直な表現だけど)
でも武力では何も解決しないということだけは
ずっとずっと、数え切れないほどの犠牲者を出しながらも
いまだに絶えない紛争をみて、言えることだと思いました。
人を殺めるための武器なんか全部、木の苗と花の種に換えてしまえばいいのに!
なんだか・・・知識が浅いばっかりに、
小学生みたいな感想文になってしまいました。
ともあれ、学校で習ってきた歴史では知りえなかった事実を知り、
ますます、世界が経験してきた痛みを、この目で確かめてみたいと
強く思うようになってきました。
映像ドキュメンタリーって偉大。
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人が自らのアイデンティティを、国家という
人が考えた枠組みに求めるのはなぜなのだろう。
mixiに、「所属:地球」と書いている知り合いを見て、
そんな問いをふと、思いだすのでした。