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空の広いところ

東京都文京区で生まれて大きくなった私の
小さな頃の遊び場所は、ビルの駐車場や、
公園や、学校のゴムで覆われた校庭でした。

自然と言う自然は、学校に植えてある木と、
車がたくさん通る大通り沿いに等間隔に植えられた木と、
学校の生物の時間に使う一部のビオトープ。
それから近くのお寺や神社。

土を踏む、という機会は殆どなかった。

とおり沿いに植えられた木を見て、
その貧弱な土をみて、なんて息苦しい場所に
植えられてしまったのだろうと、
なぜか私の方まで息苦しくなってしまっていました。
実際木がどう思ってるかわからないけれど。

中学生になると、今度は、空に夢中になりました。
狭い道に高いマンションが立っているから
空も狭く狭く目に映るのですが、
それでも刻一刻と変化していく美しい空に
すっかり魅了されて、授業中はよく窓の外を見ていました。

高校のときは、恋と社会問題に真剣だったのですけれど、
やっぱり空の芸術性には目を見張るものがあって、
今私が手にしている『空の名前』という本は、
高校の先生が私にくれたものなのでした。

「狂雲」きょううん

乱れ騒ぐ雲のことです。嵐が近づくと、高い空の雲と低い空の雲の流れる方角は、てんでばらばらになります。どす黒い夕方の空を飛んでゆく黒い雲は、いかにも天気の異常を告げています。

色なんてないんじゃないかとさえ思わせる薄い空の上を、
赤や黒や白や黄色の雲が、言葉通りてんでばらばらに
轟と音を立ててうごめいているような不穏な迫力で、
ごそっと挙ってる空の写真。

私は、そんな騒がしい雲の動きとは裏腹に、
しゃんとして全てを受け入れている、
その空の大らかさに胸を打たれて今、じーんとして
このブログを書いているのでした。

どんなに大きな雨雲がやってきても、
嵐が狂ったようにやってきても、
それでもいつか必ず美しい青空が顔を見せてくれる。

だから、どんなことも全部全部、最後は結局大丈夫なんだよって
空に言われたような気がして。(涙

もっともっと空の広いところへ
行ってみたいと思うのです。

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コメント (4)

初めまして
世界を変えるというタイトルにひかれて
ふと立ち寄ってしまいました

しゃんとして全てを受け入れている、
という表現がとても素敵で
ついコメントしてしまいました

一生懸命追求されて
生きていらっしゃる姿が
伝わってきて
なにか心に触れます


>もーりーさん

コメントありがとうございます。
落ち込んだとき、つらいとき、
いつも空がなぐさめてくれるんです。

下を向きそうなときこそ、
上を向いて歩こう♪ですね。

こんにちは^^
『異質 排除』の検索から来ました。
空の名前、私も持っています。
今人に貸していてなかなか返ってこないのですが・・・↓
空にはこんなにたくさんの名前があるんだなって、感動しました。私は『薄明』が一番好きです。

また時々訪問させていただきます☆

kobayashi:

>ナナコ☆さん

コメントありがとうございます!

本当にたくさんの名前をつけられるほど、空には色々な表情があるんだと、名前をみて、その写真をみて感動しますよね。

私は同時に、そのように素敵な名前をつけられる日本人の感受性にも胸を打たれました。

手元に本がなくても覚えていらっしゃるほど、『薄明』と名づけられた空の写真が素敵なのですね。

おうちに帰ったら、探してみます。

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2008年03月30日 23:47に投稿されたエントリーのページです。

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