夜遅く帰ってくる父が、バタバタと玄関からかけてきて、
ドアを開けるなり私にむかってこう言った。
「ねえ、帰ってくるとき空見た?星がすごくキレイだったんだ。」
「川は見たけれど、空は見てない。」
そういう私に、
「まったくー、余裕ないんだからぁ」って残念そうに言って
さっさとお風呂に入ってしまった。
そういえば最近、星を見ていない。
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そんなことを、
たまに開く『太陽のおなら』(灰谷健次郎 編 長新太 絵)。
を読みながら思い出した。
大好きな詩の一つ、「おつきさま」(なかむら つとむ君(6歳))。
いぬをさんぽにつれていったとき きれいなまんげつがでた「おつきさんはどうしてついてくるの
ぼくがとうきょうまであるいていったら
おつきさまもついてくるの」おかあさんは そうやといった
そうしたら こうべに
おつきさんがなくなるね
話し違うけど、なんて素敵なんだ。
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そういえばついさっき、今度は母が、
「ねえ、月がすっごく大きかったのよ!」
と私に必死に説明していた。
そういえば、最近お月様もみていない。
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池澤夏樹の『スティル・ライフ』を思い出す。
でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。 たとえば、星をみるとかして。
二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過すのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。 水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。 星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。
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父の「余裕ないなぁ」の一言で、
私が今、二つの世界の間に「一歩距離をおいて」その「呼応と調和をはか」れて
いない状態であることに気がついた。
たとえば、星をみるとかして、
最近よく訪れる、心の混乱を乗り越える準備をしておこう。