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2008年03月 アーカイブ

2008年03月02日

できないからやらない、をやめる

やってみてから、考える。

こういうやり方を覚えてから、
比較的ポジティブに生きられている。

「石橋を叩き過ぎて、ぶっ壊して歩いてる。」

といわれてきた私が、
石橋が壊れるかもしれないスリルを楽しみながら、
バタバタと駆け抜ける勇気を持ち始めた。

デジパには前向きな人が多い。
その良い風を受けているのだと思う。

できないのなら、できるようにすればいい。
知らないのなら、知れば良い。
足りないのなら、足せば良い。

それだけの話。

失敗したら、次しない。
まずはとりあえず、走り出してみる。
体験して初めて認知できることがある。

そう気付いたときから、世界が広がって見えた。

一度きりの人生だから、不恰好でも何でも、
全身で世界にぶつかっていく「身体感覚」を
冴え渡らせることが今年の目標だ、と思ったのは、

室内にこもって活字に溺れているある瞬間に、
電気のような痛みが首のあたりを走ったから・・・。

そして、同僚の弟のようにかわいいのに「おばさんになるよ」と言われて・・・。

その一方で同い年の二人が毎週のように山に行ったり海に行ったり、
すこぶる健康体で血の循環のよいことといったら。

私といえば、本を読んで脳は活発になれど、
思うように動かない体を重々しく持ち歩いているようで・・・。
アタマの方が「頭をもたげ」すぎてきたという感じなんですわ。

だから、もう少し体験してみようと思うんだよねって言う、
すごいシンプルな結論なんだよ。

来週、生まれて初めてスキー場にいくんだっていうことだけなんですよ
要するに、はい。

人生一度きりなもんでね、
脳も体も心もバランスしていきたいもんですなぁ。

オチなし。

2008年03月03日

インド女性の苦悩

%E7%94%BB%E5%83%8F%200074.jpgダウリー反対展でのポスター(ニューデリー)

もはや過去のこととして、
話題に出たとしても口に出した瞬間に、
まるで雪が何かに触れて消えてしまうように
意識されないのが、女性の人権問題。

なぜなら日本では結構、過去の問題だから。
(本当はどうかわからないけれど、私はそう実感してる)
でもアジアでは全然過去の問題じゃない。

インドのダウリー殺人を知ってますか。

ダウリーとは、結婚持参金のこと。

そもそも女性として生まれてきたこと自体が
徳のないことと考えられているので、
そんなのと結婚してくださる男性には、
それを埋め合わせるだけの金や現物を持ってかねばならぬ
という習慣がある。

それが足りないと、生身のまま焼き殺されたりします。
それも夫やその家族に。

%E7%94%BB%E5%83%8F%200094.jpgダウリーのために焼き殺された娘に泣きすがる母親(ダウリー反対展)

そんなことを知ったのは、数年前に
『女たちのアジア』(著:松井やより)を読んでから。

これを思い出したのは、
3月1日(土)の朝日新聞の朝刊の「ひと」欄に
『インドの女性たちの肖像』を書いた女性が載っていたから。

若い女性がブラウスのボタンを外す。首から腹部に達する深い傷が見えた。村の習慣に反して恋愛結婚をしたため、「制裁」として集団レイプされた後、ナイフで切り裂かれた、と打ち明けた。
経済成長の陰で起きる、驚くべき現実の数々。「女はすきで農地を耕すな」という村のおきてを破って瀕死の暴行を受けた女性や、女性が売春婦になる村・・・。時刻の外交官によるレイプ事件の報告を、政府がもみ消した事実も暴露した。

私たちには、想像もつかない世界がある。
そういうことを、ちゃんと想像して受け止める。
同じアジアの、同じ女性が受けている屈辱を、
他人事としてどうしても捉えられない。

内部ではどうにもならない場合、
外部からどうにかしなければならない場合も、時としてあるはずだ。

テレビが見せるのは、ほんの一部なんだよね。
IT景気に沸くインドの、恐るべき一側面について。


中央日報(シン・ウンジン記者 2003.05.28 19:01)

新聞によると、要求した金額の結婚持参金を持ってこなかった理由で、夫の家族によって殺害された女性死亡者数は、1980年代半ばに400人台だったが、1996年には約5500人、昨年は約7000人に増えた。

2008年03月09日

今日は、何アッハ?

大人の場合、大爆笑は1秒当たり5アッハ。
4秒続くと20アッハだ。

人間の笑いを数値化し、
アッハ(aH)という単位で表す装置を開発した関西大教授。

朝日新聞に載っていた写真の笑顔がまぶしい。
心底笑っていて、見ているこっちが気持ちいい。

「笑いを測定するなんて、アホな機械でしょ?ウハハハハハッ」

専門は社会学で、人にとって笑いとは何かを追求しているという。
毒キノコで笑いまくったのが、笑いについて考え始める転機となったとか。

笑いが健康にいいことを科学的に検証するために必要となると
考え、笑いを数値化する装置を開発しようと思ったという。

笑い飛ばすって、前向きに生きるための一つの大切な要素だ。
それにどん底から起き上がるための手段でもある。

失恋したとき、大泣きしてから、
普段あまりみないお笑い番組やギャクマンガを見て
大笑いして、もう何だっていいやーとなるのである。
ある意味、心のセーフティネットである。

笑った後に生じる感情に、マイナスはない。

「寒すぎてもう、笑うしかねえ」
「仕事が忙しくてバタバタして、笑っちまった」

窮地に追い込まれたときこそ、笑ってみる。
その瞬間、客観視できている。

笑って、負のエネルギーをぶっ飛ばして、
先を明るく見る。

ならば笑えば笑うほど前向きにばく進できるのかも?

今日は、何アッハ笑った?

1日で1年分

mixiのコミュニティで、『あ、袋はいいです。STOP*温暖化』がある。

とてもゆる~い感じで、
基本的には、身近に出来るエコな話題が流れている。

そこに重い問題を持ってきた人がいた。
「衝撃的、事実です」というタイトルで、
六ヶ所村の原発使用済み核燃料の再処理工場について。

こういう話、知識として心得てます。
でも私から発信する勇気はなかった。
必ず、面倒くさい論戦になるから。

知り合いが、
「相手の話を理解しようとして聞き、
自分の話を理解してもらえるように話せ」
とよくいっていたけれど、

こういう右左がパックリ分かれるような政治的な問題で
そういう互いの歩みよりは少しもないように思える。

途中までその議論の進み具合を見ていても、
共有しているはずの「環境保全」という目的からはずれ、
「自分の意見が如何に通るか」にぶれていくように見えるのだ。

悲しい。

さて、話は元に戻るけど、
その勇気ある彼は、本当に純粋に襲撃を受けて、
純粋に行動を起こしていた。胸が熱くなった。

自分に子供が出来たらサーフィンを教えようと思ってたのに

釣りも一緒にやりたかったのに
そんな夢すらも叶えられなくなる
切ないよ

ましてや産まれたそばから、白血病疾患や奇形児だったら・・・

大学院の先輩がフィリピンの米軍基地跡を調査して、
その軍事活動の結果、放射能による土壌汚染が進み、
その土地を流れる水を飲んで暮らしていた母親から生まれた
子どもが幾人も奇形に生まれてきた。

命がけで生んだ母親の悲しいまなざしを受けて
抱かれる奇形児の赤ちゃん。

その写真を見せてもらったときの恐怖を思い出した。

3月1日付朝日新聞
「1日で原発1年分の放射能」

そんな中、海に直接関わる人が、動き出している。
Greenz.jp
Surfer’s Interview 1:中村竜 サーフボードとテントとギターを車に詰め込んで、六ヶ所村へ!

WAVEMENT

事実はどれが本当だか分からなかったとしても、
チェルノブイリの事実が何を語っているのか、

少なくともそこに、リスクがあると分かっているし、
そればかりは誰も否定できない。
しかもそれは、生物濃縮や遺伝子への傷によって
半永久的に命が失われていくリスク。

そのリスクが100%ないとはいえない中で、
どう考えるか。

ryu1.jpg
六ヶ所村原燃PRセンター前に立つWAVEMENT CREW from Greenz.jp

2008年03月15日

覚悟と呼吸

深く呼吸してみようと思いました。
覚悟度合いと関係があるように思えるからです。

風雪を物ともせず、
泰然自若として佇む、岩山のような覚悟。

竜馬は言いました。
「斬られたら、死ぬまで。」

彼はまた、座禅を組んで瞑想する代わりに、
頭上に大きな岩の今にも落ちんばかりに存在するのを
イメージして歩いていました。

お釈迦様の言葉でしたっけ、
「全てを捨てきったところに、全てが得られる」とは。

それ以上失うものがなければ、恐れる必要がない。

逆に臆病になるのは、自分を守りたいから。
守りたいものは、自分への評価?プライド?
言葉にすると案外、くだらないものばかりだ。

でもまだまだ、守ってしまう。

最近そのシグナルを、呼吸に見出し始めました。
肩で息をしたり、呼吸が速くなったとき、

「私今、守ってるんだな自分を」と。

その時は丹田に力を込めて
思い切って捨ててみて、
思い切って突入してみます。

2008年03月16日

無関心

愛情と憎悪は表裏一体。

相手に腹を立てているうちは、
まだ愛があるということ。

一方、愛情と対極をなすのが、無関心。
相手が何をしようが心が動かなくなったら、
愛が薄くなったということ。

この位置関係をぼんやりかんがえていたら、
友人が無関心についてブログに書いていた。

・・・

無関心というのは

知らないのではなく、

積極的に隠している、逃げている場合がある。

抑圧された心的過程(トラウマ)が潜んでいる。

・・・

無関心の中にも、
そのトラウマを直視することから逃げているケースがあるということか。
パックリ開いた傷口から、思わず目を背けてしまう。

2年前、ヒールの高い靴を履いたまま自転車の二人乗りをして、
車道から歩道に上がるときにヒールの部分が後輪に絡まって、
そのまま足も絡まって大出血をした。

時代劇とかサスペンスドラマで見るような、
嘘みたいな量の出血で、靴の中が血の海だった。

意外にも気持ちは落ち着いていて、
子どもの頃、5cmの釘が足の裏にささっても
ふくらはぎに竹の棒が穴が残るほど刺さっても
少しも泣かなかったという母の遺伝子を思っていた。

しかし帰宅して足を洗ったものの、
次から次へ流れ出づる血の出所となる奥深くを
直視することだけは出来なかった。
あまりにも深かったから。

そのうちに目がチカチカしてきたので、
適当に絆創膏を貼って、そのまま寝た。

今となっては昔の話。
病院では、「縫うべき皮膚がない」と怒られたけれど、
その時すでに私は、グロテスクに変形した傷口を
なめるように見ていた。

心のどこかで痛みを感じつつも、
あえて直視しないというのは、一つの防御反応なのだろう。

しかしやがて、見れる。

子どもの頃の「食わず嫌い」が突如克服できるように、
客観視できる時がくる。

それまではそっとして置くのもいい。

無関心が、例えばそうした拒絶反応だとしても、
問題が何一つ解決していなくても、
また解決する兆しが一向に見えなかったとしても、
それと対峙する人の心が変わってしまえば、
痛くも痒くもなくなるのだから。

それまではとりあえず、そっぽを向いておく。
抉らない、見せない。
かさぶたが醜く覆って、時間が経つとキレイになっている。

そういう処方箋が適切な時がある。
そう気がつけた経験に感謝、
またそれを分かっていた友人にも、感謝。

2008年03月22日

日銀総裁、求む。

日銀総裁、求む。

イギリスのどこかの雑誌で、
そんなタイトルの記事が書かれたとか・・・。
なんつー辛辣なアイロニー。

あぁ、はずかしや。

日本に対する信頼は、国際経済で落ちまくりでしょうね。
なるべく海外に知られる前に決まってほしいと思ってたんですけれど。
国民は薄々感じてました、この政府の力のなさを
なんとも恥ずかしい形で露呈しちゃいましたね、ついに。

「財金分離」を理由に民主党は参議院で、
財務省出身の武藤さんを反対。

福井元総裁の任期は19日までだったんで、現在の日銀総裁の人事は空白です。
代行を白川さんが勤めることになりましたけれど。

「財金分離」を主張する民主党に対しての福田首相の会見を見ていると、
正確な言葉は覚えてないけれど、こういう印象だけが残ってる。

「だって、民主党が認めてくれないんだもん」

やや俯き気味に会見する首相の映像の記憶に、
私の勝手なイメージが加工されてしまいます。

両手の人差し指を合わせて、ツンツンやっている。
ツンツンやりながら、「だってだって、民主党が・・・」である。

その画を思い浮かべるたびにズッコケてしまう。
子供の言い訳じゃあるまいし。頼むぜ。

でも、世の新聞各紙は、日経以外「民主党」批判を色濃く出しているようです。

------------------

■朝日社説(12日)日銀総裁人事―腑に落ちぬ不同意の理由
■読売社説(13日)日銀総裁不同意 民主党は責任ある対応を
■毎日社説(13日)武藤氏不同意 空席回避へ知恵をしぼれ
■産経社説(13日)日銀総裁人事 武藤氏差し替えは筋違う
■日経社説(13日)日銀総裁の空席回避が日本の責務

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上記はどれも福井元総裁の任期切れになる19日前の社説で、簡単に言うと、

空白人事があまりにも異常なんで、そんなことになるくらいなら、
財務省出身なんて大したことないじゃんか、
実際、武藤さんも「独立性ちゃんと考える」っていってるし大丈夫だよ、
この議論を「政局」に利用するなよ!

ということなんだと思うんですけど、
私は、独立性ってとても大切だと思う。

もう白川さん代行してくれてるし、
もう今更あたふたしたって十分世に恥じさらしてるんだから、
いっそのこと、日銀の独立性、財金分離の意義について
根っこから議論してしまえば?と思うのですが,どうなの!?

そもそも、ねじれ国会になった時点で、
全部思うとおりにスイスイいかないのは予想つくでしょ、
一刻を争う事態になるのが分かってるなら、
それなりの準備をしてて頂戴よ、与党も。

だいたい、最高の案なんですといって「武藤さん」案を持ってきて、
「民主党が認めてくれない」って嘆いて、
「じゃあ、田波さんで」って財務省出身者を再度持ってきて・・・。
民主党がなぜ否決したか、覚えてます?と聞いてみたいわよ。

それでいて時間がなくなっちゃったじゃんって民主党だけに
妙に批判の矛先を向けるのは、なんか違うと思うんですけど
そう思うのって私だけ?

まぁ、民主党も含めて、
思うとおりにいかないから国会出ないとか、
自分の意見が通らないから相手を責めるとか、
もう私には、子どもにしか見えません。

議論って言葉知ってるかなー?
すばやく議論して、すばやく決めて頂戴な。

とはいえ、こんな批判をしていても、
そんなお子ちゃま達選んだの、私たちなんですけどね。

2008年03月23日

たとえば、星をみるとかして。

夜遅く帰ってくる父が、バタバタと玄関からかけてきて、
ドアを開けるなり私にむかってこう言った。

「ねえ、帰ってくるとき空見た?星がすごくキレイだったんだ。」

「川は見たけれど、空は見てない。」

そういう私に、
「まったくー、余裕ないんだからぁ」って残念そうに言って
さっさとお風呂に入ってしまった。

そういえば最近、星を見ていない。

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そんなことを、
たまに開く『太陽のおなら』(灰谷健次郎 編 長新太 絵)。
を読みながら思い出した。

大好きな詩の一つ、「おつきさま」(なかむら つとむ君(6歳))。

いぬをさんぽにつれていったとき きれいなまんげつがでた

「おつきさんはどうしてついてくるの
ぼくがとうきょうまであるいていったら
おつきさまもついてくるの」

おかあさんは そうやといった
そうしたら こうべに
おつきさんがなくなるね

話し違うけど、なんて素敵なんだ。
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そういえばついさっき、今度は母が、
「ねえ、月がすっごく大きかったのよ!」
と私に必死に説明していた。

そういえば、最近お月様もみていない。

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池澤夏樹の『スティル・ライフ』を思い出す。

 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
 
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。  たとえば、星をみるとかして。
 二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過すのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。  水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。  星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。

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 父の「余裕ないなぁ」の一言で、
私が今、二つの世界の間に「一歩距離をおいて」その「呼応と調和をはか」れて
いない状態であることに気がついた。

 たとえば、星をみるとかして、
最近よく訪れる、心の混乱を乗り越える準備をしておこう。

2008年03月30日

以て他山の石とせよ

『映画の構造分析』(著:内田樹)

だって「ものごとを『良い悪い』の二項対立図式で語るのは『良くない』」と言うのって、すでに背理でしょう?

!!!
一つ、螺旋階段を上りました。

だから、ことは「良し悪し」の水準にはないのです。 そうではなくて、そういうふうな「物語」の中に盛り込むことなしには、私たちはひとことも出来事を語ることができないと、ということを知っておきましょうと私は申し上げたいわけなのです。

メディアや政治を批判する、私の説明さえ「物語」だということです。
それなしに何も説明できない。

ウェブコンの上杉君は、私に時々ハッとするアドバイスをくれる。
でも、私に言いながら、自分にもはね返しているといいます。

そういう見返りが足りないなと気がつけました。
自分に気がつけて初めて、次の自分への出発地に立てる。

次に螺旋階段を上るのはいつのことでしょう。

以て他山の石とせよ

心して生きます


空の広いところ

東京都文京区で生まれて大きくなった私の
小さな頃の遊び場所は、ビルの駐車場や、
公園や、学校のゴムで覆われた校庭でした。

自然と言う自然は、学校に植えてある木と、
車がたくさん通る大通り沿いに等間隔に植えられた木と、
学校の生物の時間に使う一部のビオトープ。
それから近くのお寺や神社。

土を踏む、という機会は殆どなかった。

とおり沿いに植えられた木を見て、
その貧弱な土をみて、なんて息苦しい場所に
植えられてしまったのだろうと、
なぜか私の方まで息苦しくなってしまっていました。
実際木がどう思ってるかわからないけれど。

中学生になると、今度は、空に夢中になりました。
狭い道に高いマンションが立っているから
空も狭く狭く目に映るのですが、
それでも刻一刻と変化していく美しい空に
すっかり魅了されて、授業中はよく窓の外を見ていました。

高校のときは、恋と社会問題に真剣だったのですけれど、
やっぱり空の芸術性には目を見張るものがあって、
今私が手にしている『空の名前』という本は、
高校の先生が私にくれたものなのでした。

「狂雲」きょううん

乱れ騒ぐ雲のことです。嵐が近づくと、高い空の雲と低い空の雲の流れる方角は、てんでばらばらになります。どす黒い夕方の空を飛んでゆく黒い雲は、いかにも天気の異常を告げています。

色なんてないんじゃないかとさえ思わせる薄い空の上を、
赤や黒や白や黄色の雲が、言葉通りてんでばらばらに
轟と音を立ててうごめいているような不穏な迫力で、
ごそっと挙ってる空の写真。

私は、そんな騒がしい雲の動きとは裏腹に、
しゃんとして全てを受け入れている、
その空の大らかさに胸を打たれて今、じーんとして
このブログを書いているのでした。

どんなに大きな雨雲がやってきても、
嵐が狂ったようにやってきても、
それでもいつか必ず美しい青空が顔を見せてくれる。

だから、どんなことも全部全部、最後は結局大丈夫なんだよって
空に言われたような気がして。(涙

もっともっと空の広いところへ
行ってみたいと思うのです。

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