20代後半女には、「いい男とは?」というのっぴきならない、
酒の肴にも永遠のテーマにもなる問いが横たわっている。
日常生活の中で、
「それはカッコイイわね」と思う瞬間に付箋をつけていたら
なんとなく一貫するものが見えてきた。
悲しんだり怒ったり、慌てふためいたりするべきところを、
笑い飛ばしてしまう余裕がある、ということだ。
「笑い飛ばす」とはよく出来た表現で、
嘆くべき原因が、その笑いによって、すっかり空の向こう側である。
これは、私たちの社長もやる。するとなんだかこっちも笑ってしまう。
そして笑い終わった時には、すっかり晴れ晴れとした気になる。
同僚の守谷さんの生き様もこれまたかっこいい。
彼女は、一般的に考えたらマイナス要因となるものを、
まるでオセロの黒をくるくると白にひっくりかえすように、
実に見事にプラスに転換してしまうのだ。
近くにいる私は、いつもそのおかげで前向きに仕事が出来ている。
彼女の座右の銘はずばり、
「泣きたい時は、笑え」である。
そういえば、私の上司(女性)もやっている。
確かに、とってもカッコイイ。
おやおかしい。社長以外、二人とも女性だ。
■自を超えて、他と同化する竜馬
『竜馬がゆく』(文春文庫1巻 司馬遼太郎)
(金が必要で辻斬りに試みるが、
竜馬が相手であったために失敗した以蔵に、
竜馬は持ち金の半分を渡してやっていた。)
「しかし旦那、あんたはだまされたね。
・・・だが、路用がなくなってやむなく辻斬りをしたというのは、あれは下手なうそだ」
「ほう」
「・・・そこの娼妓でひなづる。その女の下で流連して路用をつかいはたしたはずなんだ。・・・だから、旦那にもらった金で、いまごろは豪勢に風呂酒をあそんでるだろう」
「ほんとうか」
「うそじゃねえ」
「以蔵め、そいつは面白かったろうな」以蔵の身になって笑い出した。・・・妙な性分である。腹が立つよりも自分までが風呂酒を飲んで陽気にさわいでいるような気分になってくる。
■おじいちゃんの、ゆったりとしたゆとり。
『草枕』(夏目漱石)
「鳩程可愛いものはない、わしが、手をたたくと、みな飛んでくる。呼んで見よか。」
月は愈明るい。しんしんとして、木蓮は幾朶の雲華を空裏に擎げている。
泬寥たる春夜の真中に、和尚ははたと掌を拍つ。声は風中に死して一羽の鳩も下りぬ。
「下りんかいな。下りそうなものじゃが」
了念は余の顔を見て、一寸笑った。
小学校の時、友達にからかわれてウジウジしていた私に、
「うけた、ラッキーと思って笑っちゃえばいいのよ」と母は言った。
笑い飛ばす、というのは一つの強さなのだろう。