« せめて、メディアを疑う | メイン | チョコを選べば、世界が変わる »

人は変われると信じたい

森達也氏の『死刑』を読了。

前半の快調な「死刑廃止論」調にノリノリになっていた私も、
後半の被害者遺族の声を読み、たじろぐ。

そこはやはり、想像するに限界があるからだ。

悲しみや憤りは感じても、人を殺めたいほどの憎悪を
生きてきた中で抱くことがなかったからだろう。

もう少し、存置論者の本を読もうと思う。
自分の意見を最終決定する前に。
(↑不断に考え続けるテーマとなるだろうが)

ただ思考の変化を知る上でも、メモ的に、今の意見を。

人は変われるという、その可能性を信じていたい。
もちろんそのための十分な制度が不可欠であるが。

ディベートの一般的な言い回しの一つに、
they just assume past, never assume future.
とある。

こういう言葉もある。
「加害者は、被害者である。」

姑を殺してしまった嫁が「容疑者」として逮捕されたニュースを見て、
母は、「殺してしまうほどなんて、相当辛かったのかもしれないわね。」と言った。
殺人を犯した者を同情していた。
もちろん、だからといって人を殺しちゃだめなんだけど。

でもどこかで人は、誰でも犯罪者になる素質を持っていると私は思っている。
ポル・ポトを内包する私達

根っからの犯罪者もいるかもしれないけれど、そうじゃない場合も多いのでは。
事実、改悛した死刑囚が、確かに存在する。

ところで、ジェノサイドを経験したルワンダが、先日死刑制度の廃止を決定した。

それを取り上げたあるニュース番組の中で、
娘と夫を小学校の頃の同級生に斧で殺された女性と、
その殺した犯人が手を握り合ってインタビューに応じている姿が
映し出されていた。

やってしまった方は、被害者遺族である彼女の悲しみを
直接に聞き、激しく反省し、その反省の様子をよくみた彼女がついに、
彼を赦したというのである。

また、死刑制度の反対を訴える被害者遺族もいる。
彼もまた、犯罪者の真摯な反省の態度から心を変化させている。

一部だ。一部だけれど、犯罪者は改悛し、
被害者遺族は憎悪から開放される可能性が証明されたということだ。

全体にとっては一部だけれど、その人や残された家族にとってはすべてなのだ。

もうあとは、読んで想像して、何かを感じてください。

「奥さんは彼の手を握ったまま声がでない。泣いてばかりでずっとしゃべれないんです。彼は奥さんに対して、『悲しまんでほしい。この世の中生きていても辛いことが多い。ただ後先があるだけで先に逝くだけだから、どうぞ悲しまないでほしい』、そんなことを言ってましたね。面会が終わって立ち上がった奥さんが最後に一言だけ、『息子があなたの顔にだんだん似てきた』って。・・・それだけ搾り出すように言ったのを覚えている。」
でもその人たち(改悛した死刑囚)は確かにいた。罪を償うのだと訴訟を打ち切り、処刑の前日に妻を励まし、教誨師と抱き合い、おまえも頑張れと残された死刑囚の尻を叩き、刑務官たちと握手を交わし、にこにこと笑いながら、殺した被害者の遺族に謝罪の言葉を残しながら、彼らは処刑台に向かい、そして吊るされた。確かに一部かもしれない。でも一部だからと見過ごすことは僕にはできない。絶対に出来ない。全体にとっては一部だけれど、その人や残された家族にとってはすべてなのだ。
「舎内では普通に歩いていくけれど、問題は刑場に入ってからです。・・・あとで刑務間に聞いたら、最後まで自力で歩いた人はほとんどいないようです。刑場に入ってお茶菓子を食べて、時計を見ながら『さあ』っていわれたそのときに足腰が立たなくなる。そのまま動けなくなってしまう人もおるらしい。そういうときは刑務官が両脇を抱えて吊るすようです。場合によっては座り込んで動かんようになってしまって、刑務官たちがお尻をける場合もあるらしい」
「ダーンって床が落ちる音がします。・・・しばらく控え室で待っていたら、ひとりの刑務官が『あいつは天国に行きましたか』って聞いてきて、『悔い改めさえすればみんな天国にいけるんだよ』と答えたら、本当にホッとしたような顔をしたことを覚えています。」
「一人の刑務官が私のそばに来て、『先生(教誨師)はあいつを抱きしめてくれた。我々にはそれはできない。でもここにいる全員が、できることならそうしたいと思っていました』と言ってくれました。」

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://internet-changetheworld.com/mt/mt-tb.cgi/83

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2008年02月11日 00:49に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「せめて、メディアを疑う」です。

次の投稿は「チョコを選べば、世界が変わる」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34