芸術は爆発だ、の岡本太郎氏。
彼のエッセイが集められた
『人間は瞬間瞬間に、いのちを捨てるために生きている』を読了。
さっぱりとしたお酒を、
ぐいぐい飲んでしまって、
あとから体の芯から熱くなっていく読後感。
岡本太郎という人の生き様が見えてきます。
前半は彼の両親に対することなので、
それなりに考えも深く、一定のまとまりもあり、
ふむふむと読ませるのですが、
後半はもうなんだか、
女のこと、酒のこと、食べること、
感じたままが半分無意識のように書き散らされている。
これがとんでもなく面白い。
読みながらもアタマが働かない間に、
岡本氏の感じたままが強烈に読者の脳裏に焼き付けられるのだ。
(読みたい方、お貸しします。)
人の生き様は、
特に彼のようなエネルギーの塊のような人が語る人生は、
私のように日陰でボソボソ生きているような人間に対して、
きわめて有効な生きるヒントとなる。
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エッセイの中の一つ、「作曲のよろこび」から。
テレビの「題名のない音楽会」から、作曲を提案された岡本氏。
私はあらゆることにぶつかり、問題をひろげたいと常に思っている。 全人間的であるためには、うまかろうがまずかろうが、何でもやるべきだ。 やらなければ本当の人間としての責任が持てない。
そうして、音楽に対する反感を、問題意識として自らの音で提起しようと試みた。
音楽、いや音こそあんな虚飾ではなく、ダイレクトに、痛切に、 自他のナマな骨身に対決しなければならないものであるはずだ。 あんな媚びたような、妥協的なものではなく。
絶対にいわゆる音楽にはならないうなり方を、
オーケストラに編曲、実演。
万雷の拍手が会場に沸いたという。
この経験を踏まえた彼の言葉。
人間的創造は、その(専門家という)わくにこだわらない、それを突き抜ける 平気なシロウトこそがひらくのである。
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「枠を突き抜ける平気な素人」
「うまかろうがまずかろうが、何でもやるべきだ」
理論的な根拠はないのに、
ガーンと一殴りされたような説得力がありました。
自分の範疇ではない=「まずい」と認識するや否や、
とにかく拒否反応を示していたような自分を
見事に指摘された気がしたのです。
自身の可能性を狭める枠は、自分よく見せたいと思う、
そういうイヤらしい根性によって作られているのかもしれない。