前回のポストに引き続き、「関係性」について思うことを一つ。
以前書いた、mixi日記を引用。
------
今日は、大学時代の友人とお茶した。
偶々、今朝メールをくれて、
偶々、私がお休みで。
私の個人的な用事が済んだ後に
一緒にお茶をしたのだけれど、
時間があっというまに過ぎてしまった。
まさか2年以上会っていなかったなんて、
1ミリも感じられなかった。
人は、様々なシーンで「知り合い」を
増やしていくけれども、その中でも、
関係を長く続けられる人は限られる。
彼女は大学時代のディベートのパートナーだった。
だから当時、彼女と私には「ディベート」なるモノが
介在していた。つまり、ディベートという共通話題が
私と彼女をつないでいた。
でも今、二人ともディベートに特に関係していない。
(私はチーフだったので一寸噛んでますが)
だけど、こんなに楽しいのは、ずっと続く関係なんだろうと思う。
こういった関係性をつくるには、
共通の話題という媒体があるときに、
いかに「相手の本質」とぶつかりあえるか、
ということなんだろう。
(彼女とは、体裁なんて関係なしに、
本音だけでぶつかり合ったのでした)
袖振り合うも他生の縁
今ある関係をいかに大切に残せるか。
まさにこれは私の付き合い方一つかと、
当たり前のことを改めて。
----
相手の本音を知りたいと渇望するそれぞれの想いが、
先日の「クレドミーティング」で見えてきた。
私自身もまた、
KYを恐れるばかりに「言葉を選びすぎ」ていた
ということに、フィードバックにより気付かされ、
少しずつ、「枠を超える」「殻を破る」に向かうための、
自分なりの方法を模索しつつある。
出来てないかもしれない。
しかし、意識はするようになっている。
はかなき命が費やされる大部分の時間を共有する、
奇跡的とも運命的出会いともいえる「同じ会社の人たち」。
会社という社会的関係性を外してみたとき、
いかなる深浅の線を、他者に対して結べる自分であるだろうか。
そう、自問し続けること。