大好きな雑誌『ダカーポ』。
小さくて軽くて、朝の通勤ラッシュでも
うまくやれば上手に読めたのに、
この620号をもって休刊。さみしいんだよ、私は。
さて今日は、その中の「嘘と真のこのくにのメルヒェン」から。
ドイツ文学翻訳家である池田香代子さんが歯切れよく、
KY(空気よめない)という言葉を生み出してしまう
今の世相を斬ります。
面白かったので、引用しちゃう。
でも、言わせて頂けば、それはたんに空気に呑まれやすい ということではないだろうか。つまり、ヘタレだということであって、 自慢することでもなんでもない。むしろ恥ずべきことだ。 付和雷同する輩が、「あの人KYよね」とか言って、 同調圧力に耐性のある人間を排除するのだ。・・・それにだいいち、受けるというのは現象であり、
人間関係の深まりを担保するものでもなんでもない。
なのに、そんな薄っぺらいやり取りを人間関係や社会性と
取り違えている向きがあまりに多い。本当に欲しいのはコミュニケーション能力だ。
これは、空気を読むこととは違う。同質のものをかぎ分けて、
相手と重複すると想定した狭い了解の領域に自分を収めこむ
ふりをするのが、KYにならないための心得だろう。それにたいし、まずは異質なのはどこかを見定めて、
そのうえで意思疎通の可能性を信じ、すぐに結果を
得ようなどとあせることなく努力していくのが、
コミュニケーション能力だ。意見の違う人をどれだけ受け入れているかが、その集団の成熟度だ。
KYという狭き価値観のまかり通る空気の中で、
AKY(あえて空気よまない)をやってのける姿勢が、
人が人を理解して、より広く多様な視点を獲得しうる、
一つの出発点ということになる。
会社など、フォーマルな場であればあるほど、
KYを厭う悲しき関係に陥りがちなのだが、
ここのところのデジパは少し様子が違う。
心の底に秘めていた思いがぶつかりあって、
上昇する凄いエネルギーとなって、
社内を駆け巡っている。
真のコミュニケーションの出発点に、
一人ひとりが立ち始めた。そんな感じ。