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2007年11月 アーカイブ

2007年11月03日

ウナギの人

11月7日発売のおなじみ『ダカーポ617号』では、
「いい男」になるための男の身体検査!が、特集されてました。

色々な男女が出てきて、「こういうのがいい」と
それぞれに別々のことを言います。

特集が特集ですからスポーツ、お笑い、政界と
様々な世界で活躍する男の人が引き合いに出されてましたけれど、
私はその人々を尻目に、
とても「いい男」を別コーナーで発見してしまいました。

『ウナギ』の著者、井田徹治氏。

自然を学ぶ人が持っている、きれいに透き通っている目。
チェックのワイシャツが、白いズボンにきっちりと
しまわれていましたけれど、そんなことはどうでもいいの。

遠くを優しい目でみつめていらっしゃる。
その背景には、チンパンジーなどの写真がある。
優しい笑顔のアップの隣には、白の文字で

人間は、生き物を利用してしか生きられない
でも、それを忘れた

って書いてある。

ガーン

なんて素敵なんだー!

大学院のときに現地調査でご一緒させていただいた井上真先生
まじめなシンポジウムの会場を笑いで包んでしまう羽山伸一先生

自然や動物を愛する先生たちはとても人にも優しいのですが、
「あれは○○という鳥の声だよ」とか、
「今ちょうどイノシシが通った後だ」とか、
折に触れて、私達をときめかせるようなことを言ってくださる。
そんな二人に、環境を学ぶ女子大生たちはメロメロでしたよ、そりゃあもう。
そういう雰囲気なんです。

彼は「キー・ピーシーズ」としてのウナギの絶滅危機について語っていました。

生態系が良好な環境でしか暮らせないウナギが危機的に減っているということは、
それだけ様々な種が滅んでしまっているということ。

しかしいわゆる「種の多様性」は、環境問題の一分野として研究されていますが、
いまや身近となった温暖化や目に見えるごみ問題などと異なって、
いまいちそのインパクトが分かりづらい。

東大文学部を出た彼は、それについてこう説明します。

・・・『リベット抜き』という話について考えてほしい。
それは、種の絶滅は、飛んでいる飛行機から、一本ずつリベットを
抜いていくのと同じようなものだということです。
飛行機にはたぶん何万本もあるから、1本や2本抜けてもどうという
ことはない。でも、そうやって抜き続けていけば、いつか限界が来て、
飛行機はバラバラになってしまう。

わかりやすい!

しかも、そんな大切なウナギが絶滅しようとしているのに
「これからでも遅くはない」と「悲観も絶望もしていない」んです!!

今日テレビでも、あと40年で食用の魚類が絶滅するといわれて
ショックだったけれど、「これからでも・・・」の一言と、
希望を失わない美しい目ですっかり私は元気付けられたのでした。

正しく危機を伝えられなかった「ジャーナリズムにも責任がある」と
語る彼に、「学者語の翻訳」というテーマで、いつかお会いしたい。

2007年11月04日

死こそ常態 生はいとしき

茨木のり子『おんなのことば』で、
好きな詩の中の一つ、「さくら」。

ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら・・・

(中略)

さくらふぶきの下をふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と

最後の二行でしばらく私は無言のうちに、
何も動けなくなってしまいました。

生きているということの、なんという奇跡的なことか。
この世に生を受けた瞬間に、絶対の死の可能性に向かって
命を燃やしていく。

先祖によって連綿と命がつむがれて今、桜を見る私達。
そのときにまた、近くにいる人々の、また縁深きことも
更に奇跡のように思えてきます。

満開の桜を見て、色々に変化する空を仰いで、
おいしい野菜を食べて、きれいな川に遊んで、
生きているって素敵だなって思えます。

そんな気持ちを、
次の命にもぜひ味わってもらいたいなと思います。
蜃気楼のようだけれども、愛しい一生を。

だって私たちがそんな幸せを味わえるのも、
先祖がそんな風に世界を残してくれたから。

だから思うのです、争っている場合ではないのだと。
私たちの欲求で次の命の生きていくべき糧が
失われつつあることに気がついて慎んでいきたい。

『our common future』、こっそり私の言葉で訳してみよう。

2007年11月11日

指輪購入で手足切断

「富裕国の若い女性が買った指輪のせいで、
シエラレオネでは女性1人の手足が切り落とされているかもしれない」

そうはなすのは、国際人権保護団体アムネスティのサリル・トリパシ氏。

ダイヤモンドって、
直感的に中学生の頃から忌み嫌っていたのだけど、
やっぱりそんな背景があったのか。
美しい輝きの裏っかわ。

皆さんもご存知の、
デカプリオ主演の『ブラッド・ダイヤモンド』テーマの、
紛争ダイヤモンドの話です。

何で今なのかって、たまたまマイミクの一人のコミュニティ
世界の肖像』の記事を読んでいたら見つけたから。
実際に手足を切断された人たちの写真を見て、
語りたくなりました。

そしてやっぱり「消費」がいかに責任ある行為かと
改めて気がついたから。

虚無感さえ抱かせる、うんざりする輝きのダイヤモンドよりもずっと、
海辺の貝殻や石の方が私にはよほど優しく温かく美しいもの。
(安上がりな女とよく言われますが、そんなこと構うものか)


『パパの手を切らないで!』

以下、引用。

人権保護団体「Human Rights Watch」のレポートには、
次のような証言が載っている。

「兵士たちは、わたしの家に押し入って来て、
 お金を要求し、
 そして、外に出るように言われました。

 外には村の30人ほどの人が、
 兵士に銃を突きつけられて集められていました。

 やがて『おまえ。おまえ。…』というように、
 一人ひとり、選ばれて行き、
 そして、わたしも選ばれました。

 なぜ、わたしが選ばれたのか分かりません。


 わたしたちは、銃を突きつけられて、
 丘の上に連れて行かれました。

 彼らは、わたしたちを押さえつけると、
 わたしたちの腕を切っていきました。


 ある人は両方、残りの人は片方。」


これを語ったラマツさんは、15歳。
彼女は左腕を切断された。


また、オスマンさんという42歳の男性は、
両腕を切断された。

「真夜中ごろ、兵士たちが、家にやって来て、
 外に出るように言いった。

 私は、妻と4人の子どもと共に、
 闇にまぎれて、茂みに逃げ込んだ。

 近所の住民も隠れていた。

 しかし、明け方、ある家族の赤ん坊が泣き出して、
 私たちは見つかってしまった。


 兵士たちは、
 私や、その他の男たちに前に出るように言った。

 私の友だちは、
 何も告げられずに押し倒されると、
 斧で、両腕を切り落とされた。


 次に、私が呼ばれた。

 『パパの手を切らないで!』

 私の4歳になる息子が叫んだ。」

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遠い国の出来事に、実は深く関わりあってる
先進国の平和で豊かな私達。

2007年11月12日

拝啓 ソクラテス様

「おまえらの知識なんて、校庭の蟻んこみたいなもんだ。」

中学生の頃通った
台所があるマンションの一部屋の、
小さな学習塾の先生の言葉。

今となっては、大宇宙の中の蟻んこなんではないかと思うほど
あまりの自分の無知さに慄くことが多い。

今日、テレビを見ていたら、天皇陛下が何かスピーチしていた

「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、
水産庁の研究所に寄贈したもの・・・
食用魚として期待が大きく養殖が開始されましたが、
今このような結果になったことに心を痛めています」

なんか、とんでもないことを仰っているような気がした。
その淡々とした、何事もなかったかのような
映像の進行具合にごまかされそうになったけれど、
いやいや確実にショッキングなことだと思い直した。

天皇さまったら、外来種を持ち込んでしまったのだ。

今、在来種の危機が、環境問題を語る人々の間で騒がれている。
私達人間は、あの、中学のときの生物の時間に習った
三角形のピラミッドの「食物連鎖」の頂点に立っているんですけど、
それって言い換えると、多様なる命を土台にして生きているわけなんですね。

種が絶滅するってコトは、それを食べて生きている種が絶滅するかもしれなくて、
それがめぐりめぐって・・・って言わなくても分かるでしょ。

簡単な例を挙げると、タヌキ。
日本のタヌキは、その命をアライグマに脅かされてるの知ってます?

昔々アライグマの何たらという漫画が流行った時期があって、
そのかわいらしい姿にすっかり心を奪われたペット好きな
日本人は、輸入しましたアライグマを。

程なくして気がつきます、そのあまりの凶暴ぶりに。
そしてすっかり手に負えなくなって森に放します。
そもそも肉食である強いアライグマは、
競合する在来種の、タヌキという種の存続を脅かしています。

種の絶滅は、人間による乱獲も一大直接要因なんですけど
外来種によっても引き起こされるんです。
でも外来種がなぜ問題を起こすかといえば、それは
ペットブームとかそういう人間の単純な欲望による「人為的な移動」が
結局は原因なのです。

お魚もお花もそう。

国際的にそういうのが問題視されて、ワシントン条約というのがあるんだけど
需要があるところには、どうしたって法の目をくぐりぬけて、密輸されるんですよね。

そういうことですから、天皇陛下の告白には驚いたわけなんです。
でも、だからといって責める気にはなりません。
だって知らなかったんだから仕方ない。

でも、知らないってなんて恐ろしいことなんだろうって
思いました。

物事の一側面しか見ないで、
それを「よし」として突き進むことの恐ろしさ。
イラク戦争もそうでしたけど。

良かれと思っていること、当たり前にしていることの
裏側に隠れている事実をもっと知らなきゃいけない。

あぁなんて知らないことだらけなの、この世の中は!!

でも、無知の知よりがんばりますわ。


敬具

2007年11月18日

100万人のキャンドルナイト

ウェブサイトで、冬至のイベント登録始まりました。
今年は全国でどんなイベントが行われるのでしょう。

おととしの夏、増上寺で東京タワーが消灯するのを見ました。
階段にパラパラと置いてあるキャンドルの火がなんとも幻想的な中に、
これまたうっとりするような歌や楽器の音色が響きました。

明るい日が消えて、ゆらゆらと揺れるキャンドルの光を眺めて、

スロー

で、とても贅沢な時間をすごします。

やっぱり、「気持ちのよさ」というのは、
「エコ」を広める運動にとても大切な要素になると思います。

ヘルメットをかぶり(もうないか)、
大声でシュプレヒコールを上げて街中を闊歩するよりも、
みんなが気持ちよく「いいね」と言い合えるほうが
抵抗なく受け入れられるから。

電気を消して、キャンドルを灯すだけ。
たった2時間、こんなにも気持ちが
豊かになれるのかと驚くはずです。

霞がかったように幻想的な夜を、
贅沢な時間を、恍惚のうちに過ごせます。

ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を 地球上にひろげていきませんか。




アダルトチルドレンの苦悩

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先週くらいに、紹介してもらった、『アメリカンヒストリーX』という映画を観ました。
その主人公の少年がまだ、差別意識を正当なものとして抱えていた頃の目を見たとき、
上の少年の目と、前職で教えていた私の担当の生徒の目を思い出しました。

「大人なんか、みんな敵だぜ」という雰囲気。
半径1メートル以内には誰も近づかせないといった感じの。

前職の学習塾で、受験の6ヶ月前にやってきました。
「何なのbe動詞って。俺授業ほとんど聞いてないんだけど。学校行ってないし。」

ズボンを半分くらいさげて、
タバコの匂いと香水の香りがまじって臭い。
教室に入れば空気が変わります。
みんなビビッちゃって。
私のことを「ネエさん」って呼んでました。
先生って呼んでくれないの。

全力で、本気で接しました。
もう泣きそうになるくらい本気で教えましたよ。

でも、その子の抱えてる問題の根の深さに、
貧乏でも幸せな家族関係の中で育った私では
とても太刀打ちできなかった。

だから、同じような空気もった講師をあてました。
二人はよく打ち解けて、
彼の成績はぐんぐん伸びたのでした。

私は彼の進路について、
本音を聞きだす係になって相談も聞いたりしてました。

「ここに行きたいんだけど、俺の成績で何点取ればいけんの。」
「俺、とれるかな、大丈夫かな」

私は、不安定に揺れたり、心を閉ざしたりする彼を見ては、
ぎゅーって抱きしめて泣きたかったけど、
それやるとさすがにセクハラですから我慢しました。

その生徒もその講師も、家庭の中で色々あって大変でした。

少しでもその苦しみを知りたいと思って、
mixiではアダルトチルドレンのコミュニティに入りました。

両親がけんかしたり、どちらかがどちらかを殴ったり、
世間体ばかり気にして価値観を子どもに押し付けたり、
同じ子どもでも扱いが違ったり、
一見普通の家庭に見えても、中身はひどく荒れていることが
多いことがわかります。

生の苦しみの声を見て、ただれるような気持ちになります。

経済的に豊かになっても、親が子どもに愛情を
注がないと、ずっとずっと引きずってしまいます。
大人になっても。

アダルトチルドレンは、「子どもの心のままの大人」
という意味ではありません。
上述したような経験により、心に傷をおって、
それを成長しても引きずってしまう大人のこと。

これからお母さんになる人もお父さんになる人も、
結ばれて家庭を築く人も、どうか仲良くしていてください。
それが根っこの根っこで、将来の世界をつくっていく
子どもたちの豊かで優しい心につながるから。

------------
mixi コミュニティ ACアダルトチルドレン
お母さん、お父さん 僕はこうして欲しかった。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?page=5&comm_id=45864&id=24496056

頭を叩かずに、なでて欲しかった。

おなかを思い切り蹴らないで欲しかった。

狭い所に閉じ込めないで欲しかった。

裸で締め出さないでほしかった。

頭ごなしに怒鳴らないで欲しかった。

  ・・・(中略)

人と比べないで欲しかった。

『アンタはうちの子じゃない』なんて言わないで欲しかった。

------------
あの、傷つきやすいガラス玉のような心の子どもが、
今日もどこかでこんな風な環境で戦っているのかと思うと、
その痛みを持ち続けているかと思うと、
もう本当に、言葉が出ない。

2007年11月25日

嘘っぽいけど本気

働く女性20代~30代をメインターゲットにして、
「社会問題とかも考えようよ」というようなコンセプトで、
ファッションやライフスタイルなどで情報発信をしている、
私の好きなウェブサイト、cafeglobe

次の記事に励まされました。

世界を変えられるのは、女性
自分の個性に気付いてあげて

「夢は何ですか」という問いに、
「世界中の子どもたちが安心して暮らせる社会を遺すことです。」って
ほんとの夢みたいな、アホらしい回答を私はいつもいいます。
でも大マジメなんです。
(これを鼻で笑わずに受け入れてくれたのがデジパなのでした)

大学院を卒業して、就職活動するときも、
社会人3年目に差し掛かるときに転職活動するときも、
今までの人生を棚下ろしてみると、
どうしたってそこに一本道、つながっています。

はぁ?うそでしょ?というような目と口調で、
例えば私の人間的な欲求を浮き彫りにして、
その矛盾をつこうとするような誘導尋問が始まったと感じるや否や、
私自身、わからなくなって混乱してしまうのです。

本当に?私は心からそう思っているの?って。

何かとてつもなく本気なものと比べたらダメかもしれない。
私の思いなんてまったく意味ないかもしれない。

でも、そういう風に願うことっていけないこと?
私という人間はまったく欲にまみれてどうしようもないけれど、
だってそう思うんだからしょうがないじゃない。

なぜそう思うのか、よくわからなかったから自信がなかった。

でもこの言葉で、これは母性なんだったと判然としました。

「女性のエネルギーってすごいですよね。生命を生み育てる性だから、共存共栄とか調和を重んじるでしょ。それってこれからの時代にとても必要な感覚だと思う。今は環境問題が深刻化していて、地球が終わっちゃうかもしれないといわれているけど、それを止められるのは女性しかいないんじゃないかしら。女は世界を変えられる、私はそう確信しているわ」

そしてまた、平塚らいてふの平和主義が再び思い出されました。
「お腹を痛めて生んだ命を、どうして死に向かわせられようか。」
(前にもいったけど、正確じゃありません)

いいのいいの、何ていわれようが私はこれで。
もう、どうしようもないんだ。

2007年11月26日

ポジティブログ

人が、ただ一生懸命生きているという、
そのシンプルで当たり前の姿が、
別の誰かを元気付けたり、勇気づけたりするもの。
時に人生を決定づけたりもしちゃう。

私はごくたまに、鬱々と湿っぽく、グルグルと
灰色な気持ちに沈むことがあるけれど、
そういうのふっ飛ばしてくれる友人と、大好きなブログがある。

こういうポジティブパワーが大好きだ。

以前紹介した、『オラ!メヒコ』で田口ランディと共著したAKIRAのブログ、New 天の邪鬼日記

バンコクより愛をこめて

オレは高速を飛ばすタクシーのドアを開け、「ここから飛び降りるぞ!」と脅す。
タクシーのフロントには小さな仏像が飾ってある。オレは蓮華座を組んで言った。
「いいか、おまえにも養わなくちゃならない家族や子供たちがいるのはわかる。しかしオレとの約束を破ってぼったくってもブッダは見てるぞ。正直に汗を流して働いた金で家族を養うほうがブッダがどれだけ喜ぶことか」
がっはっは、かなりむちゃくちゃな理論だが、さすが敬虔な仏教徒。

(中略)

この地元ぼったくり軍団との対決が楽しいんだよね。
オレも汗を流して声をからして稼いだ金で旅してるので、彼らとは対等でありたい。

旅立ちの歌2007

 2008年の合い言葉、

 MOVE! MOVE! MOVE!

 さあ、旅立ちだ!

もしも君が傷ついたり
つまずいたり へこんだら
青いネガは部屋に捨てて
旅に出てみないか

空に抱かれ 海に抱かれ
陸に抱かれ 夢見る
見知らぬ街 見知らぬ人
見知らぬ自分

せまいせまい平均台 列にならんで
背中押されどこへむかう
落ちろ落ちろ! そして目覚めろ
地面が君を受けとめる

風のように 鳥のように
川のように歌うよ
へたくそでも君にとどけ
旅立ちの歌

最高ですね、この歌詞も。
どんなに不器用でも一生懸命前向きに生きようって思える。
自然はあるがままの私自身を受け入れてくれていて、
狭い平均台から落ちたって全然平気なのだ。

何のために命を燃やそう。
前向きな明日。

AKIRAの描く世界からは力強くて前向きな光が出ています。
薄っぺらで嘘っぱちのような見せ掛けだけの明るさでないのは、
彼自身が様々な苦悩の末に、経験の上に、築き上げた
優しさや希望だから。だと思う。

AKIRA6.jpg

2007年11月28日

急ぎではないけれど重要なこと

桐谷社長の経営塾で、
「急ぎではないけれど重要なこと」を行うことが、
10年後、20年後の成長に大きく影響する、というお話を聞きました。

隔週で夕飯係を担当する私は、
先日早めに帰宅をして、久々にゆっくり時間をかけるものを作りました。

じゃがいもやにんじん、サヤエンドウなどを触って
生産者の方のご苦労を思ったり、
両親のアドバイスを思い出して感謝したりして、
とても豊かな気持ちになりました。

こんなに時間があるのなら、本も読めるし映画もみれるし、
友人とも会えるし、洗濯も掃除もできるし・・・って
思ったときに、あ、早く帰ろうって思いました。

そして、「急ぎではないけれど重要なこと」を
日々コツコツと取り組んでみようって思いました。

そのために、まず早く帰れるように、
長束さんよく見習って、相談して、
効率よく仕事を終わらせようって心に決めました。

「今、この瞬間」が、まさに私が費やしている人生。
「気が付いたら仕事だけで、人生が終わってました」とならないように、
また、将来の自分を育てられるように、

急ぎではないけれど重要なこと

意識的に実践してみます。

-----

以下、ただの「やりたいこと」メモ。

<家>
・料理のレパートリーを増やす。腕をあげる。
・台所の水周り、洗面所は毎日掃除。
・洗濯物

<ご近所>
・同じ階の小学生と仲良くなる。できれば遊ぶ。
・挨拶

<読書>
・月~金で、2冊。
・文学以外の分野も。

<友人>
・週2人くらいは。一対一の信頼関係

<その他>
・エコ:「学者コトバの翻訳」にむけて
・エコ:未来研究会、シンポジウムの参加

2007年11月30日

足りないことを認めること

前職の塾で、ある生徒が
宿題を全部お母さんに聞いて持ってきた。
答えがあれば、それを見て丸をつけて持ってきた。

自分ができないなんていうことを信じたくなくて、
それを見られたくなくて、「出来ない子だ」なんて評価されたくないから。

でもなんとかして実力を付けてやりたい私は、
そういう心が見えるたびに、悲しくなっていた。

どこが出来ないか、分かっていないのか、
私にさらけ出してくれないと、私は適切な指導方法で
教えることが出来ない。

ある先輩がさらりとこういった。
「プライドは成長の邪魔になる」

その通りだと思う。
プライドで自分をさらけ出せないのだとしたら、
それはとてももったいない事。

わからない、ということを素直に「わからない」と言うだけで、
実は周りが救いの手を差し伸べてくれることが多い。

それは何も学生のときだけのことではない。

私はいつも、上司からのフィードバックにハッとさせられる。
自分の気が付かないポイントを見事に言い当ててくれるから。
そして次の自分の成長に向けて、目標が出来て、前向きになれる。

いつもいつも、このフィードバックの機会をありがたいと思う。

「ここがわからないんですけど、教えて下さい」
確かに、そういう姿勢の生徒はぐんぐんと成績を伸ばしていた。

自分に足りない部分を認めることはとても心が痛むことだけど、
自分の成長にとって欠かせないものなのだと思う。

生徒を叱るとき、私はいつも、
「どうかわかってくれ」という、祈る気持ちで叱っていた。

とてもパワーが必要で、とてもリスクが高かった。
でも、その時そうしなければ、その生徒はずっと
そのままだったかもしれない。

まずは自分の足りないところをさらけ出すこと、
苦言をありがたく受け止めることが、
自分自身の成長にとってとても大切なのだと、
学習塾の生徒を教育する、という場で学んだのでした。

これからも忘れずに、心がけて生きたいと思います。

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