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2007年07月 アーカイブ

2007年07月01日

人脈は財産

一から自分で本を読むより、辞書を引くより、
知っている人に聞くほうが、ずっと速い。

友人がサラリとくれた私へのフィードバック。

そのための人脈を開拓していこうって
前向きに考えました。
知らない人を知り合いにするのって、
すごく勇気のいることだけれども、
そうしないとたぶん私は生き残れないのだよな。
かつて、SNSを通じて友人を作ったように
もっと貪欲に夢を語らないといけない。

「夢をまきちらかせ」
そうすれば、それに必要な人脈や情報が
自ずから集まってくるから。
これは、社長の教え。

とりあえずやってみよう。
だめだったらまたその時考えればいいから。
これは同僚の言葉。

友人のフィードバックから色々思い出して、
明日から前向きに走り出せる確信を得ました。
転職を決意したときに気がついていたはずの、
「こうしてウダウダなやんでいる、この時間が機会費用」
を思い出しました。遅すぎるけど。
人と話しただけでこれだけ前が開けた。
なんて馬鹿なんだ、私は。

もう、時間を無駄にしないんだ。

未知なる世界に怖がる私に陥りかけていたのに、
前向きにワクワクできる私が戻ってきたカンジ。

本当に、ありがとう。

「お墨付き」のチカラ

6月号の『販促会議』の特集。

プロとか有名人が推奨している商品やサービスに
人気が集中するということ。

そうだな、それはあるよなと
個人レベルでも世の中見ててもそう思う。

もしこの話を今後のサービスに生かすのなら、
その道のスペシャリストをつかんでおく必要があるんだな。

かつて偶々知り合った人が、
ノーベル平和賞受賞者でケニア環境副大臣のワンガリ・マータイさんに
会ったという話しをしてくれた。
「そんなことできるんですかー!」と度肝を抜かれて叫ぶ私に
彼女は、
「みんな、会えないって思ってるだけで、
案外会えるもんなのよ」
と笑って答えてくれたのを思い出した。

なぜ会おうとおもったんですかという問いに、
「直接話を聞いてみたかったから」
という、なんともシンプルな答えが返ってきた。

世の中意外とそんなものなのかもしれない。

元からダメだって思い込んで、つぶしている可能性を、
もう一度考え直してみよう。


2007年07月08日

一歩引いて、見る

実務をやればやるほど、視野が狭くなる。
入社前の夢はどこへやら。

ちょうど、社長の経営塾
(「イケてるビジネスマン」になるコツを伝授してくれる)で
テーマになったところでもあり、
その前に語った友人との話題でもある。

一日のやるべきことに追いまくられて、
結局何のためにやっているのか見えなくなってしまう。
そうこうするうちに、気がつくと人生は、終わりへと近づいている。

友人はこう言った。
「3年後5年後10年後を考える。」
「会社に染まるのではなく、自分が会社をどうできるかを考える。」

「そのために、一歩引いて考える。冷ややかに見る。」

これが、難しい。具体的にどうすればいいのだ。
社長は、「人によって方法論が違う」とおっしゃった。
大自然にふれるのも良し、スケールの大きな絵をみるのも良しと。

別の友人は、あらゆる事象を極めて抽象度の高い概念に上げ、
そこから新しい方向性をみつけて、再度、具体論に落とし込む
という知的作業を繰り返す習慣を持っている。
だからその人はいつも、先にある世界をイメージできている。

私はどうする?

「社会をどうしたい」というポイントを、思考の出発点にしてみる。
そして次に、その理想像を実現するために、
今ある環境でできることと出来ないことを考えてみることにした。

日々の業務に埋もれていくと、
この思考パターンが逆になって、視野が狭くなっていくのだろう。
今できることからしか、物事を考えられなくなってしまうから。

まずは、
「自分は社会をどうしたい?」という問いを、
私自身に投げかけ続ける習慣を持つこと。

また、ワクワクし始めた。
日々の業務に新しい光をみるよう。

吹っ切る強さ

時々、ネガティブになって、どん底まで落ちていく時がある。
そういう時は必ずといっていいほど、及び腰になっている。

でも今は、どんなことがあってもある程度
やっていけるんじゃないかという、根拠のない自信がある。

*******

ある友人は、会社のお金で50億の損失を出してしまったとしても、
「すみません」の一言で済まされるという、その名を知らぬ人などいない、
とんでもなくデカイ会社にいる。

その人は、その巨額の損失について、
「別にいいじゃん、会社が損するだけで、自分の損じゃないし。」といった。
衝撃的だった。

彼は今、使われる立場に飽き飽きしつつも、
(とはいえ経営企画にいるのだが)、会社に満足をしている。
今後生き方を変えるとしたら、「サラリーマンを辞めるか、続けるか」で、
転職などという選択肢はないという。
他の会社に行かなくたって、やりたいことは全て、今の会社でできるからだそうだ。

別の友人は、大手出版社で営業をしていて、
お客さんからひどい言葉をかけられることがあったという。
しかし常に豪も落ち込まぬ彼女に、「なぜ」と問いかけるとこんな答えが返ってきた。

「別に関係ないじゃん、仕事だし。お客さんだって、
仕事している私に言ったんで、○○(彼女の名前)に言ったんじゃない。」

彼女は、営業成績全国一位の凄腕営業ウーマンだった。

**********

完全にプライベートと仕事を分けて考えているのだ。
あまりの潔さに一寸面食らったが、考えてみれば、
二人とも結果的に会社にとって良い影響をもたらしている。

会社と個人の価値を完全に分離させることは、
一見、会社にとってデメリットに感じられるけれど、
こうも潔いと、逆に失敗を恐れない、
ためらわないパワーが出るのかもしれない。
吹っ切る強さ、とでもいうべきか。

経営塾で、
「どうせみんな死ぬんだから、失敗したって良いから、やりたいことやっておこう」
といった感じの話を聞いたけれど、それに近いのかしら。

失敗したら、次に同じ道を辿らなければ良い。
それだけの話か。

トライ&エラーでガンガン行ってみるのはどうだろう。

2007年07月14日

コンテキストで考える

仕事があまりにルーティーン的になってしまうと、
何の目的でそれを行っているのか忘れてしまいがち。

関連する事柄への質問に答えられなかったり、
無駄な手順を踏んでいることに気がつけない。

今やっていることの、その延長線上に何があるのか。

そこまでイメージしていくことは、「視野を狭めない」
という点ですごく大切なことなのかも。

雑誌『Web Strategy vol.10』では、
今「流行の」SEOについての記事がある。
一般的なSEOの手法について、それだけに注目されていることは
おかしいんじゃないの、という話だ。

対策しているキーワードが上位表示されるためには、
まずはそのキーワードを検索してもらうように誘導する必要が
あるのではないのか、と。
言われてみれば当たり前のこと。

私たちはこんな風に、ひと度部分的なことに目が言ってしまうと、
つい近くにあるとても大切なことへの認識が薄らいでしまう。

目的達成へのコンテキストの中で、
今やっていることがどういう意味を持つのかを考えよう。
そうすれば、もっと効率的な別な手段が考えられるかもしれないし、
大切なことを見落とすこともない。

社長は、スケッチブックをノートの代わりに持ち歩いている。
ピンときたとき、何かを描きこんでいる。
図であったり、言葉であったり。

真っ白な紙は、全体像をすらすらとイメージするのに向いているのかも。
横線が引かれていることによって、
無意識のうちに制約される発想を解放するのだろう。

コンテキストで考える、一つの手段かも。

2007年07月15日

インターネットと選挙運動

今月29日に、参議院選挙が行われる。
みんな、どうか選挙に行っておくれ~!

私たちが社会を変えることができるのは、
やっぱり選挙からだと思うから。

ところで、インターネットと選挙運動については、
公職選挙法との関わりで、かれこれ10年以上前から議論されている。
なんで、インターネット上で選挙運動しちゃダメなの??という話だ。
何が「選挙運動」で何が「政治活動」なんだ、一体。

選挙前ほど、各政党の主張をよく知りたいのに。
それにあんまり選挙を重要視していない人にも働きかけたい時期なのに。

■公職選挙法が、禁じるネットでの選挙運動

ITmediaニュース:何でダメなの? ネットを使った選挙運動
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0509/05/news013.html

ネットで選挙運動ができない根拠は、公選法142条にある。
選挙運動のために使用する文書図画は、はがきやビラ以外頒布できない」と
規定されているのだ。総務省は、Webサイトやメールが「文書図画」にあたると解釈。
サイトやメールを使った「選挙運動」は、候補者も第3者も行ってはいけないことになっている。

Webサイトの「文書図画」がいけないのなら、と、
真っ白なページに演説の音声を流す議員もいたらしい。
また、「選挙運動」ではなく「政治活動」としては、
政党のバナー広告は許されているとか。

まったく、意味不明である。

■インターネットでの選挙運動解禁の問題点

インターネットでの選挙運動を解禁してしまうと、
「デジタルデバイド」の問題があるらしい。

ネット選挙運動が解禁されれば、選挙運動がどんどんネットにシフトしていき、ネットを利用できない人が情報を得にくくなってしまう恐れがある、という考え方だ。

まず、「どんどんネットにシフトしていき」の根拠が分からない。
いろんな媒体で情報収集している人がいるんだから、
ビラや新聞の折込などでも今まで通りにやっていればいい話で。
今のままだと逆に、新聞を取らずにネットを中心に情報収集をしている人には
かなり情報にアクセスしづらい状況だと思う。

別のウェブサイトでは、
インターネットであれば、政党の金銭的な余裕云々が
あまり関係なく、比較的平等に情報発信できる。
そういう意味では、より民主的(?)な選挙になるだろう、という主張も見られた。

なぜ、これほど議論されていてもなお、
インターネットでの選挙運動が解禁されないのだろうか。

■10年以上議論されても決まらない訳

どうもそれは、被選挙人である議員さんたちの、
インターネットへの恐れがあるようだ。

OhMyNews:時代は“公選法2.0”を求めている
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070711/12998

もう一つは、『インターネットってなに?』『HPってどういう意味があるの?』『メールってどういうことなの?』という、あまり理解のない議員の方もいます。そういう方の話を聞くと、自分よりも相手候補がウェブの更新を頻繁にしていたり、インターネットをコミュニケーションのツールとして活用していると、(ネット選挙が)解禁された時点で、自分が不利になるという、若干誤解も含んだ“恐れ”もあるんですね。

インターネット上の選挙運動解禁で考えられている
問題点は、工夫次第でどうかなるんじゃないかと思うんだけど。
となると、やっぱり10年以上も動かぬ原因は、議員さんたちの「戸惑い」か?

ネット人口が8千万を、インターネット世帯普及率が6割を超える今、
「戸惑い」だけで、グダグダやってんのもいい加減にしておくれ。

参考:nikkeiBPnet 今どきナンセンスな公職選挙法 ネットは解禁でなく義務化せよ
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/050902_gimuka/

2007年07月21日

新しいアイディアの種を集める、育てる

たまたま朝早く起きてみて、早く出社してみた。

時間がありすぎるので、7時半くらいだったか
溜池山王駅のスターバックスに入ってコーヒーを飲んだ。

新聞は大体読んだので、
30分間で何か思いつかないか、白い紙を広げて
いろんなキーワードを書き出してみた。

次々に色々なアイディアが浮かんで、
自分でも驚くほどだった。
もちろん、ただのキーワードを書き出しただけなので、
一つ一つ深めたわけではないけれど。

そもそもそんなことを試みたのは、
会社の同僚が、新サービスを思いついた!と
熱く語るのを見て触発されてのこと。

10回勝負して1回サービスとして社長のOKがもらえれば
かなり良いほうだよ、と上司に言われたらしい。
ならば、アイディア数をとりあえず出していく癖をつけるのも
ありかもって思ったのだ。

一通り書き出した後に、
なぜそれらが出てきたのかを考えてみたら、
普段さりげなく「不便だ」とか「問題だ」と感じているところから
出発していることがわかった。

友人が語るそのサービスも、
「不便だな」とか「面倒だ」という一瞬感じるくらいの
小さなところから出発していた。

あんまり普段気にも留めないくらいの
小さな「不便さ」をどこかに書き残していくと、
実はどこかでサービスの企画につながるのかもしれない。

企画のアイディアの種(の種くらいか)。
掘り出さなければ出てこない、どうしようもないこと。
不便だな、と感じたら、それが
どういうシチュエーションで生じるのか、
それをリスト化していくだけで、何かの企画の種になるんじゃないかしら。

自分の経験だけではすぐに発展できなくても
自分よりも興味関心のある人や知識のある人が
発展させてくれるかもしれないし、
その芽がでないことを教えてくれるかもしれないし、
みんなで種を集めて、みんなで育てるという、
なんかそういう仕組みはあっていいのかも。

だって、みんなでやったほうが楽しいし、
いろんな視点で考えられるでしょ。

■今回の試みから思うこと

・わずかな時間でも意識して考えるだけで、新しい種は出てくる。
・種は、普段感じる「不便さ」「問題点」から生まれるのかも。
・社内でその種を共有し、みんなで育てるのはありかしら。
 何かサービスになるかな。

オウケイウェイヴのドキュメント共有サイト「docune」

オウケイウェイヴ、ドキュメント共有サイト「docune(ドキュン)」を開設
CNET

みんなのアイディアや作品等を、みんなで共有するウェブサイトです。

「利用者は、ウェブサイトやブログ用にドキュメントを書き直すことなく
投稿できるため、思いついたちょっとしたアイデアや仮説に対する意見を集めたり」
できるらしいです。

新しい何か面白いものが、生まれたら良いですね。

2007年07月29日

麻布十番で有機野菜

仕事が終わった後、
どうしても大きな本屋さんに行きたいという
衝動に駆られて、六本木のABCに行った。
(そこまで大きくないけれど)

本の配置が絶妙なのに感心しつつ
全体を順に見回してみたものの、
立ち読みのわずかな時間で引き込ませる本が
特になかったので、そのまま出て、
六本木ヒルズのほうに歩いていった。

六本木ヒルズの中をフラフラ歩いても、
圧倒的な都会のセンスにうんざりするばかりで、
その日はどうにも、その煌びやかな賑わいを
身体が受け入れられなかった。

すぐに外に出て、どこへともなく歩いていくと、
暗闇の溜まる駐車場の一隅に、
柔らかいオレンジの光の下に、輝く大小の野菜が
並べられているのが目に入った。

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あまりにも、都会の風景が私の心を潤さないので、
その反動でなのか、余計に感動してしまった。
やや興奮気味に野菜を売っていたお母さんに
話しかけると、土で汚れきった爪を見せながら、

「お風呂に入っていないわけではないのよ、
完全無農薬だからね、雑草も虫も取り除かなければならないの。」

そして、袖まくりをして、白い肌が如何に焼けてしまったか教えてくれた。

「ほら、こんなに。でもね、すごく幸せな気持ちなのよ。」

その笑顔にたちまち心を奪われてしまった。
そしてその野菜を売る女性とすぐに仲良くなった。

埼玉にあるという農地に連れて行ってもらいたいと
懇願したら、月曜日ならいいわよーって。月曜日か。。

絶え間なくやってきては買い物していくセレブたちを見ながら、
価格が高いという理由で受け入れられにくい有機野菜を、
この麻布十番という場で、うまいこと売ってるな、
と笑顔の下に潜むしたたかさに唸ってしまう。

とはいえ、野菜の甘さと瑞々しさと
お母さんの笑顔はホンモノだから、お客さんのほとんどが
常連さんだということもうなずけた。

会社が麻布十番にお引越しするから、
ちょくちょく遊びに良く約束をした。

地産地消を促すには?

埼玉の農地で採った有機野菜を、東京で売る
なんて、エコなのだろう。
農薬も化学肥料も使わないから、土も空気も水も汚さないし、
運搬に排出する二酸化炭素も少ない。

実は埼玉は農業算出額が全国6位なのだ。
こまつな・ブロッコリー・ほうれんそう・かぶ・ねぎ
の生産量(平成16年産)は全国1~2位!!

東京の近くには、こんなにも豊かな農地がある。

でも身近なデパートで売られている野菜の生産地を見ると、
あまり埼玉産をお目にかかれない。

私の住む街にはいくつかスーパーがあるけれど、
野菜の鮮度がかわいそうに思えるほどひどい。

水菜なんてシワシワすぎて、その名前が霞んでしまう。
レタスは赤みがかかっている。
持ちのいい根菜だけが、唯一まともな表情をしている。

疲れ果てた野菜たちを見ると、
一体どの経路をたどって、ここで売られるに至ったのか
まったく疑問である。

先日会ったお母さんのような農家が、
ひょいとワンボックスカーでやってきて、
路上で新鮮な野菜を広げれば、
たちまち客足を獲られるであろうことは
目に見えている。

全国のスーパーの中には、
地域の農業を応援するといった趣旨(だったはず)で、
近くの農家の野菜を売るスペースを設けたり、
スペースだけでなく、農家自身に売ってもらう
という試みをしているところもある。

埼玉県の農家の顔と、生産物や生産量、
生産方法などがデータベースとしてあったら、
消費者や小売店が買い付けやすいんだろうか。

やっぱり足で稼ぐもの??
インターネットで何かできないだろうか。


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