「ネット・ゲーム中毒を精神障害に分類」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/15/news075.html
ITmediaにこんな記事があった。
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米医療情報学会(AMA)が、ビデオゲーム中毒を精神障害に分類することを提言している。
AMAは最近公表した報告書の中で、ビデオゲームの過度の利用には、ほかの嗜癖障害に似た社会的機能障害・混乱のパターンが見られること、依存症状が未成年にも起こり得ること、対象への没頭、家庭生活や学校生活の崩壊が起きることを指摘している。
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そして、関連記事には、
ネット中毒の少年が母親を刺殺したとか、
ネットゲームを何時間も連続で行っていた少年が
興奮死したとか、脳死したとかいうショッキングな
ニュースが並んでいた。
そして多くの記事には、インターネットの利用時間の制限
を考慮しなければならない、といったことが書かれていた。
どうしてもインターネットのニュースでは、
その利便性に焦点が当てられがちだけれども、
こうした負の側面があることも、
きちんと考えていかなければならないと思う。
いまや子供のほうがインターネットを使いこなしているかも
知れない状況でも、子供を守るのは大人しかいないから。
前職の塾では、こういう生徒がいた。
学校よりもインターネット上のコミュニティが
心の支えになっている。
子どもの世界は狭いから、
子どもたちにとって学校での人間関係はかなり
重要な要素になっている。
学校で自分自身の存在が認められないということは、
世界に自分が受け入れてもらえていないのと
同じ意味になるのだと思う。
私自身が、小学校の頃いじめを受けていたので
その感覚はなんとなく分かる。
でも私の場合は、母親が救ってくれた。
隅々私の話を聞き、励ましてくれた。
だから私は存在する意味を見失わなかった。
しかしその生徒は、世間体を気にする親のもとで
厳しく育てられ、弱音も本当の気持ちも吐き出せないようだった。
だからかどうか分からないけれど、
彼女の心の支えになっているのは、インターネットのコミュニティ
のようだった。
もう、それが全てのようにも見えた。
「私」という存在を是認してくれる唯一の、
他者としてのインターネット。
何時もインターネットとのつながりを持ちたいという「症状」は、
自分自身の存在を肯定してくれる他者への
飽くなき渇望なのかもしれない。
だとすると、にわかにそれが制限されたり、禁止されたりすることは、
自分自身の支えを失うことと同義なのかもしれない。
受験勉強でパソコン利用を禁じられたその生徒は、
気が狂いそうに不満を叫んでいた。
ネット中毒者の中には様々なタイプがいて、
おそらく上記のような視点だけでは語りきれないだろうけれども、
「ネット中毒→社会的機能障害」という側面だけみて、
単純にインターネットの利用時間制限すべきと結論づけるのではなく、
それぞれの人がなぜインターネットに依存せざるを得なく
なってしまうのかという考察が大切なのではないかと思う。