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2007年06月 アーカイブ

2007年06月02日

早起き生活を始める(明日から)

朝型生活をサポートしてくれるウェブサイト
早起き生活」。

友人が早起き宣言をしてから活用している
このウェブサイトがずっと、気になっていました。

この「早起き生活」では、
毎日の起きた時間を棒グラフで記録してくれます。
朝起きたら、パソコンを起動して、
「いま、起きた!」ボタンを押せばいいだけ。
一言日記を書くこともできますし、
同じように朝型生活を頑張る仲間の日記を見たり
コメントもできたりします。
それから、「起床パターンが似ている人たち」の
一覧も表示してくれます。

一人だけだと続かないけれど、
他にも朝起きている人がいると思うと頑張れそう。

最近は、マスコミも「朝」に注目していますね。
今日はテレビで、「朝ヨガ教室」を見ました。

朝から体を動かすと、血行がよくなって
頭が働くみたいです。
そのヨガ教室に通う生徒さんの一人が、
「仕事に集中できる」って言っていました。
ヨガを朝にやるなんて、いかにも体によさそうですね。

時々、経営塾のために早起きをすると、
朝の空気と、光の美しさに身が清まる思いになります。
シャワーを浴びて、お化粧をして、朝ごはん食べて、
駅までダッシュという毎日を送っていると、なかなかその
朝固有の美しさを感じる暇がありません。

ゆったりとその美しさを味わうためにも、
運動をするにも、早起き生活が不可欠です。

こうして時間を過ごしている、この時間こそ人生。

朝の時間が有意義になることで、きっともっと幸せになれると思う。
よーし、明日から「早起き生活」で頑張ります!

2007年06月03日

何のためのエコか

昨日は、八景島シーパラダイスに行ってきました。

久々の水族館で、生命の尊さに感動できました。
一緒にいた人が、楽しそうな表情で、

「カワイイ~。うまそう。」

と頻繁に言うものだから、軽く頭を引っ叩きそうになったけど、
隣にいた女性が大きな声で、

「おいしそー♪」

とおっしゃっていたので、やめました。
それから、もう一度目の前にいる小さな美しい魚を見て、
そういえば、私たち人間の命を支えてくれている存在でも
あるんだよなぁという思いになりました。

美しい水でしか生息できない植物や魚たちを見ながら、
私たちの命を支えてくれているのは、
きれいな水と、きれいな土と、きれいな空気なんだよなぁ
と思いました。

*****

アクアミュージアムの特別展として、
毒のある生物を見ることができました。

その中に、「もっとも有毒な生物・・・それは」
と書かれた、黒い壁で囲われた一角があったので、
入ってみました。

すると、「それは、わたしたち人間です。」
の言葉が。

まぁそうだろうよ、と思いつつ、
人間が捨てたゴミが海にすむ生物たちを
苦しめている写真を眺め、
ゴミを減らさないとなぁ、と一頻り当たり前に
考えをめぐらした後、

でも、「もっとも有毒なのが人間って、どうなんだ」と
その表記の仕方に疑問を抱きました。
様々な「有害」な生物たちがいるけれど、
その「有害さ」は、人間にとっての有害さであり、
動物にとってではなかったのでは?と。

確かにゴミをきちんと処理せずに、
海の生き物たちが被害を受けているなんて酷い話で、
人間の努力でそれを解決しなければならないと思っています。
でも、そういう努力は、究極的には人間のためなんじゃないかと
思っているからです。
(とはいえ無論、人以外の命が軽々しく扱われるのは、
人として言語道断ですが。)

そうでなければ、人間が滅んでしまうほうが
よっぽど環境にいいはずなのです。
人間が生きていくためには、環境に負荷をかけざるをえないから。

何のためのエコ活動か。
この視点がブレると、人間そのものの存在を否定せざるを
得なくなるんですよね。
人が生きるために仕方なくかけてしまう負荷を
少しでも減らす努力が、エコ活動だと思います。


でも、アザラシ赤ちゃんのかわいい瞳をみて、
大きなタコがすやすやと眠ってかっこいいのをみて、
ウミガメが懐いてついてくるのをみて、
あんまり愛らしいから、この子たち自身が元気であるように
と願う心は、とても自然なのかもしれない。

人間って、矛盾してる
としみじみ思うのでした。

エコロード

八景島の水族館へ向かう途中、
大黒パーキングエリアで、エコのイベントがあったので
さっそく参加してきました。

首都高エコロード・フェスタ 2007
http://www.eco-road.jp/approach/event/event00-23.html

といっても、エコカーの試乗はしてなくて、
ただ、エコクイズに答えたり、
エコ宣言をしたりしただけ。

そのときは、なんとなく首都高も「エコ」がんばってるんだなー
ということが伝わっただけで、あんまりよくわからなかったので、
帰宅してもらったパンフレットを読んだり、検索してみて
だいたい分かりました。

道から、ストップ温暖化。エコロード
http://www.eco-road.jp/top.html

上記のページでは、エコドライブ度チェックできます。
ドライブの仕方を少し変えるだけで、二酸化炭素の
排出量を減らすことができるそうです。
でも、項目が10個もある。

そのエコドライブを頭の中に残すために(たぶん)あるのが、
エコドライブミュージックゲーム(だと思う)。

向こうから音楽に合わせてやってくる音符を
リズムに合わせてクリックをします。
ゴールしたとき、リズムに何度合わせられたか
でレベル別の「エコ免許」の認定をもらえるんですけど、
なかなか難しい(私だけ?)。

何度もトライしているうちに、
頭になんとなく歌詞が残ってきました。

運転前に点検さ♪
タイヤの空気は足りてるかい?
タンクの中点検さ、いらない荷物積んでない?

ほぅほぅ。
そういうところで、無駄な燃料をつかっているということなのね。
私、運転免許持ってないから、車のことが
あんまり分からないけれど、そうらしいですよ。

でも、エコドライブチェックをこまめにする人は
いないでしょうし、わざわざこの音楽を覚えるために
何度もむきになってゲームをする人は(私以外には)
なかなかいないんじゃないんでしょうか。
ドライバーは大人だし。
もちろん、後ろで子供が歌ってくれればいいんですけど。

なんか、CMとかで何度も流したほうが
音楽使った定着としては効果があると思うんですよね。
どうだろう。

なんだかんだ言っても、
移動手段として車を使うことは、あんまりエコじゃない。
このページでは、「ETC搭載やバイパス整備によって、
交通量の増加があったものの、その周辺区間では二酸化炭素は減った」
といった趣旨のことが書いてあったけれど、全体ではどうなんだろうと思ってしまうし、
電車とかバスとかの移動手段にシフトすれば、
比較にならないほど二酸化炭素は減るんじゃないかしらと思ってしまいます。

だからこのウェブページが言うように、もし道路の渋滞がなくなって
今よりもっと自動車での移動が快適になったら
鉄道やバスなどのずっとエコな乗り物から、
自動車へのシフトがあって、交通量が増えて、
かえって二酸化炭素が全体として増えるんじゃないかしら、
なんて思ってしまうんですけど、どうなんでしょう。

そしたら私たちは、明日からどうすればいいんでしょう?

移動するときは、なるべくバスや電車で。
でも、車を使うときには、なるべくハイブリッドカーで、
なるべくエコドライブで行けばいいんですよね。

なるべく、エコで。できる範囲で。

人生を楽しみつつ、エコ生活を継続するには、
ちょっとした「おさぼり」は大切かと。

2007年06月10日

映画『それでも生きる子供たちへ』

映画『それでも生きる子供たちへ』
公式HP http://kodomo.gyao.jp/

世界の巨匠たちが、協力して作った子供たちの窮状を伝える映画だそうです。
表現者としてやるべきことをやってくれたと思います。なんだか偉そうですが。
何かを伝えるのに、映像はもっともわかりやすい手段だと思う。
しかも、この映画、私たちが払ったお金は、WFPやユニセフに届くんですって。

公式ページでは、予告映像を見ることで募金できます。1クリック20円。
ワンクリック募金みたいなもので、お金はかかりません。
配給会社が募金してくれるので。

映画はある意図をもって、映像が切り貼りされて作られるけれど、
もしかすると、地球上の問題は、ただ映像として映し出されるだけで
十分に人々の心を動かす力があるのかもしれない。

『女たちのアジア』(著 松井やより)や
『イラクからの報告』(著 江川 紹子, 森住 卓)に
載っていた写真を思い出して思いました。

世界のそういった映像が、ただただ映し出される
ウェブサイトがあったらいいのかもしれない。
意図的に操作されない映像は、もうそれ自体で事実だから。
その事実があるなしの、また深刻化否かの
水掛け論をしなくてもすむから。

大人は、子供たちをまもるために生きるべきだと思う。
なぜだろう、そう思うのだ。

2007年06月13日

「愛」で世界を編集する

田口ランディさんの書く文章が大好きだ。
彼女の本を読むといつも、心が揺り動かされる。

まっすぐで、飾っていなくて。
周りの目なんか気にしないから、
言葉が魂となって、私の心にガーンって打つように響くのだ。

今日は、少しずつ読み進めていた
『できればムカつかずに生きたい』を読了。

なんとも世界が優しかった。
風も川の流れも、ゆれる葉っぱも夜空の沈黙も。
あぁ私は今、「愛」で世界を編集できているのかもと思った。

******

ランディさんによると、
私たちが接している世界は、私たちが私たちの頭で
都合良いように編集した世界だという。

たとえば昨日私は、「弟さんはどんな人ですか」と聞かれたけれど、
「素直で優しい子で、フリーター」って答えた私は、
弟の真実からほんの一部を編集してそういったのだ。

だから私たちが認識している世界は、
真実ではなくて編集された世界ということになる。

ランディさんは、家族がめちゃくちゃだったとき、
「家族は私の邪魔ばかりする」というテーマで人生を編集していた。
けれどもある朝突然、
「家族はみんな私のことが好きだ」ということが閃いた。
すると、今まで前者のテーマによって
編集からこそぎ落とされてきた、新たな事実が、
愛のメッセージが、津波のように押し寄せてきたという。

ここまで読んだとき、
タモリさんの『あしたのハーモニー』のテレビCMが思い出された。
「世界は愛でできている」というテーマで編集すると、
そのCMみたいに、あちらこちらで「愛」を発見できるんだと思う。

電車で席をゆずったら、キラキラした笑顔で「ありがとう」と言われたり、
自転車置き場のおじさんが、見ず知らずの私に電車賃を貸してくれたり、
階段で脱げてころげた片方の靴を、後ろから走ってきた人が拾って、
リレーのバトンのように渡してくれたり、
「愛」のテーマで世の中を編集すれば、
善意があふれていることに気がつくのだろう。

そういうテーマで生きれば、
世界は平和になるのだと思う。
人の愛を感じると、人に愛を与えたくなるものだから。

2007年06月16日

ネット・ゲーム中毒を精神障害に分類

「ネット・ゲーム中毒を精神障害に分類」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/15/news075.html

ITmediaにこんな記事があった。

*********

米医療情報学会(AMA)が、ビデオゲーム中毒を精神障害に分類することを提言している。

 AMAは最近公表した報告書の中で、ビデオゲームの過度の利用には、ほかの嗜癖障害に似た社会的機能障害・混乱のパターンが見られること、依存症状が未成年にも起こり得ること、対象への没頭、家庭生活や学校生活の崩壊が起きることを指摘している。

*********

そして、関連記事には、
ネット中毒の少年が母親を刺殺したとか、
ネットゲームを何時間も連続で行っていた少年が
興奮死したとか、脳死したとかいうショッキングな
ニュースが並んでいた。
そして多くの記事には、インターネットの利用時間の制限
を考慮しなければならない、といったことが書かれていた。

どうしてもインターネットのニュースでは、
その利便性に焦点が当てられがちだけれども、
こうした負の側面があることも、
きちんと考えていかなければならないと思う。

いまや子供のほうがインターネットを使いこなしているかも
知れない状況でも、子供を守るのは大人しかいないから。

前職の塾では、こういう生徒がいた。
学校よりもインターネット上のコミュニティが
心の支えになっている。

子どもの世界は狭いから、
子どもたちにとって学校での人間関係はかなり
重要な要素になっている。
学校で自分自身の存在が認められないということは、
世界に自分が受け入れてもらえていないのと
同じ意味になるのだと思う。

私自身が、小学校の頃いじめを受けていたので
その感覚はなんとなく分かる。
でも私の場合は、母親が救ってくれた。
隅々私の話を聞き、励ましてくれた。
だから私は存在する意味を見失わなかった。

しかしその生徒は、世間体を気にする親のもとで
厳しく育てられ、弱音も本当の気持ちも吐き出せないようだった。
だからかどうか分からないけれど、
彼女の心の支えになっているのは、インターネットのコミュニティ
のようだった。

もう、それが全てのようにも見えた。
「私」という存在を是認してくれる唯一の、
他者としてのインターネット。

何時もインターネットとのつながりを持ちたいという「症状」は、
自分自身の存在を肯定してくれる他者への
飽くなき渇望なのかもしれない。

だとすると、にわかにそれが制限されたり、禁止されたりすることは、
自分自身の支えを失うことと同義なのかもしれない。
受験勉強でパソコン利用を禁じられたその生徒は、
気が狂いそうに不満を叫んでいた。

ネット中毒者の中には様々なタイプがいて、
おそらく上記のような視点だけでは語りきれないだろうけれども、
「ネット中毒→社会的機能障害」という側面だけみて、
単純にインターネットの利用時間制限すべきと結論づけるのではなく、
それぞれの人がなぜインターネットに依存せざるを得なく
なってしまうのかという考察が大切なのではないかと思う。

2007年06月23日

インターネットでは変えられない?

たとえば私は、
「世の中の消費を環境保全的にしたい」
という夢を持っている。

世の中の、ということであるから、
私を含めたその他大勢の「お買い物」のあり方を変えたいと
考えているのだ。

自分以外の人の考えを変えようなんて、
とても傲慢なことかもしれないのだけれど、
将来の子どもたちの世界を思うと、
私一人ではインパクトが小さすぎるのだ。

インターネットは、
どんな人でも簡単に情報を発信できる。
だから私も簡単に、「お買い物を考え直そう!」
と発信できる。

けれどもたとえ私がそれをしたとしても、
星の数ほどあるウェブサイトの中から、
その情報を拾い上げてくれる人というのは、
環境についてすでに興味がある人であって、
まったく興味のない人には届かないのではないかと思う。
(もちろん興味ある人に、エコなお買い物を
実践してもらうお手伝いはできると思うけれど)

検索機能は、知りたい情報だけを的確に
探し出してくれる優れモノではあるけれど、
「興味を持たせたい」と思って情報発信をしている人にとっては
なかなか手ごわいヤツなのかもしれない。

今は温暖化の被害が顕著になってしまったので
テレビも新聞も環境問題を取り上げない日はない程
だけれども、有機農業運動とかアジアの女性人権運動とか
いった市民運動が、一般の人を巻き込んでいくには
相当なパワーがいるだろう。

「あれ、何かしらこれは」という興味をひきつけるために
広告という手段しかないのだとしたら、
そうした市民運動の人たちにとっては、あまりにもコストがかかりすぎる。

カネをかけずに人をひきつける工夫を、
まずはインターネットで探してみよう。

「益虫」というのが、いるではないの。

Itmedia エイズ問題の啓発狙う? USBメモリに感染するウイルス
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0706/21/news023.html

エイズ問題啓発のための、ウィルス。

**************************

Sophosでは、「LiarVB-Aの目的は金ではなく、
エイズについての情報を広めることにあるようだ」としながらも、
「たとえ大切なメッセージを伝えようとするものであっても
違法であることに変わりはない。
有益なウイルスなどというものは存在しない」と強調している。

**************************

インターネットで啓発は難しいからねぇ、と
前回書いたばかりだったので、少し応援したくなってしまいました。

害虫と益虫がいるみたいに、
ウィルスだってありだろう、なんて思ってしまったけれど、
よく考えると、何が「大切」で何が「大切」でないかなんて、
価値観によってそれぞれだし、これで認めちゃったら
きりがなくなって、まったく迷惑千万ですよね・・・。


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